ヴィクトリア朝のイギリスが好きという人は多い。文学では、ディケンズやブロンテ姉妹が活躍し、コナン・ドイルはシャーロック・ホームズを生んだ。近代という時代には、レトロな懐かしさと現代的な生活の萌芽との両方が感じられる。ウェルズは、そんなヴィクトリア朝末期および次のエドワード朝に活躍したイギリスの作家だ。『タイムマシン』『宇宙戦争』などを著し、ジュール・ヴェルヌとともにSFの父と呼ばれる。
本書はウェルズの短編集だ。「盗まれた細菌」では研究所を訪ねた無政府主義者が、科学者からコレラ菌の入った試験管について説明され、それを盗み出す。水源に投入して、現代風に言えばバイオテロを敢行しようとしているのだ。そこで試験管を持って辻馬車で逃げた犯人を、やはり辻馬車で追いかける科学者。靴も履かずコートも着ずに追いかけ始めた科学者をさらに辻馬車で追うその妻と、カーチェイスならぬ辻馬車チェイスが展開される。
「初めての飛行機」では、主人公のベッツは、彼が若かった頃、飛行機が個人向けに売られ始めた初期のことを回想している。彼は飛行機を購入し、操縦して飛行したが、トラブルによって飛行機はロープにつながった鉄柱を引きずったまま飛行し、引きずり回された鉄柱は村の人々に多大な損害を与えた。まだ個人による飛行のルールが定まる前の時代だったといえ、飛行前の確認・点検はパイロットの重要な任務だ。しかも、一度着陸して迷惑をかけたことが明らかになってからも、調子に乗って再度の飛行を試み、さらに迷惑の度合を大きくした。しかし彼は自己正当化ばかりで、ほとんど反省しない。
「小さな母、メルダーベルクに登る」ではベッツは登山経験も少なく、気候のコンディションも悪いのに年老いた母親をつれてメルダーベルク山への登山を試み、また危険な目に遭うが奇跡的に母親ともども無事に帰ってくる。
登山中、岩山を登ることなど無理な老いた母親をハンモックでくるんで、荷担ぎに運ばせていたのだが、くるまれた状態で岩山からロープでぶらさがって、みの虫のように空中に揺れていたという描写には笑ってしまった。母はベッツよりは常識人だが、やはりこの母にしてこの子ありの”天然系”老女で、息子が無茶な冒険をしても平気でついていくところがある。
ベッツの性格ならば、若い頃にはこの2作に登場する以外にも危険で迷惑な冒険を重ねてきたはずで、彼が若い頃を回想できるほど長生きできたのは、よほどの強運の持ち主だからなのだろう。
冒険好きでナルシスティック、周りの迷惑をかえりみず、危険なことでもやりたいと思ったらなんとしても実行してしまう。ベッツはかなり困った人物なのだが、それでも彼が振り返る若き日の冒険の美しさには抗えない。
ほかの作品の多くにもみられるのは明るさだ。各短編中に危機はあるが、主人公たちはなんとか切り抜けることが多く、からりとした読み応えがある。
ハーバート・ジョージ ウェルズ 光文社 2010-07-08
イタリアの作家で記号学者のウンベルト・エーコと、フランス人でルイス・ブニュエル映画などの脚本家、ジャン=クロード・カリエール。本書はこの二人の対談をまとめたものだ。まさに、博覧強記・縦横無尽という言葉がふさわしい。
二人は、一冊の書物を見るとき、書物それだけ、あるいはそこに印刷されている文章だけを見ているのではない。その書物が背負う知のネットワークを見ている。
エーコは語る。
《書物の一冊一冊には、時の流れのなかで、我々が加えた解釈がこびりついています。我々はシェイクスピアを、シェイクスピアが書いたようには読みません。したがって我々のシェイクスピアは、書かれた当時に読まれたシェイクスピアよりずっと豊かなんです。
傑作が傑作であるためには、知られるということが大事です。……(中略)……知られざる傑作には読者が足りなかったんです。十分に読まれなかったし、十分に解釈されなかった。》
日本に、まだ知られていないシェイクスピア級の傑作文学があるのではないか、と考えたとする。しかしその文章だけを抜き出してシェイクスピア級という評価はできない。日本でもシェイクスピアは読まれているが、その文学作品は世界中で同様に読まれていないからだ。解釈による知のネットワークが十分にできていないのである。傑作というのは、この解釈のネットワークの中で高く評価されたもののことだ。
書物が代表するような世界の人文学的知のネットワークをリードしているのはヨーロッパであるし、世界各国の知の流通をめぐる事情に言及しながらも(日本の「ケータイ小説」にまで触れている!)、二人の言葉には、そのヨーロッパの中心に育った教養人としての誇りを感じる。
二人の共通の趣味は、希少な古書の収集だ。その中にはインキュナビュラとよばれる最初期の活字印刷物もある。それぞれの古書に、印刷され、流通し、所有者のもとを転々とし、運よく燃えたり捨てられたりせずに現在まで残ったという歴史を見ているのだ。
本を愛する二人だが、災害時に何を持って逃げるかという質問に、エーコはこう答えている。
《私の場合、今まで書いたもののすべてが入っている、二五〇ギガの外付けハードディスクを持って逃げますね》
二人は本を愛しているが、デジタルメディアを全く拒否しているわけではない。デジタルメディアもある程度利用し、特徴をつかんだ上で、記録媒体があまりにも早く推移してしまうこと、コンピュータの使い方についても移り変わりが激しく、若い頃に身につけたコンピュータとの付き合い方が年を取ったら通用しない現代社会について危惧している。書物によってどの知識が重要かという重み付けがなされ、人が共通の知識を持つことができた今までの知のネットワークが、インターネットによって、それぞれの知識の重み付けがなされないまま、重要性のない無駄に細かい知識が散乱する知識のネットワークになってしまう変化をよくないものと考えている。
エーコは読んでいない蔵書についてこうも言っている。
《誰が、『フィネガンズ・ウェイク』を全部、というのは最初から最後まで一字一句逃さず読んだことがあるでしょう。聖書を、創世記から黙示録まで本当に読み通したことがある人はいるでしょうか》
《白状しますと、私が『戦争と平和』を読んだのは四十歳になってからです。》
このように読んでいない本をたくさん含む自分の書庫に行ったり、書店や図書館に行くと、ほっとする、守られている感覚があると二人は語る。最近、街に大型書店が増え、そこに若い人がたくさんいることに希望を感じている。必ずしもそこで本を買わなくても、背表紙からだってたくさんの情報を得られると言う。買った本の全てを読まなくてもいい、自分のペースで、読みたいだけ読めばいい、本との付き合い方の達人とも言える二人の言葉は、意外にも、読まなければという強迫観念に囚われている教養人ワナビーにも優しいものだった。
ウンベルト・エーコ 阪急コミュニケーションズ 2010-12-17
この作品の著者、伊藤計劃は、2009年に34歳で逝去した。死因はガン。著者のブログ「伊藤計劃:第弐位相」によると、本作『ハーモニー』は、ガンの再発と再々発のあいだに大部分が書かれた。その後、ガンが全身の6か所に転移していたことが発覚し、抗癌剤を投与され放射線を浴びる入院治療を続けながら完成した。本書の単行本版が出版されたのは2008年12月だが、そのわずか4ヵ月後の2009年3月に死去した。
本作の舞台となる未来社会は、社会の構成員が健康であるための管理が行きすぎた社会である。大人はWatchMeというコンピュータを体内にインストールして健康状態を監視し、常に健康コンサルタントの助言を受けている。酒やタバコはもちろん違法だ。人間は社会のリソースであると強調され、社会のための身体という意識が強い。身体をケアしているかどうかや振る舞いなどが他人に評価され、社会評価点として誰にも見える状態で反映される。公共空間からは威圧感を与えるデザインは注意深く排除されている。そんな社会で自殺率がじりじりと上がっている。
そんな社会にひそかに反発を覚えている女性、霧慧トァンが本作のヒロインだ。先進国全域を覆っている高度な医療管理社会から逃れるために、そのような医療が普及していない途上国との国境地帯に赴任する仕事を選び、そこで禁止された酒を手に入れてひそかに楽しんでいる。高校生の頃は友人と共に自殺を図ったこともあった。当時一緒に自殺を図り、生き残った友人と久しぶりに会っているときに、友人はトァンの目の前で自殺する。このとき、世界中で多数の人が同時に自殺したことがわかり、トァンはこの事件を追うことになる。
もし、WatchMeのようなシステムが実際にあったなら、伊藤計劃はガンにならないか、なってもすぐ治っただろう。30代にしてガンで命を落とした著者であるにもかかわらず、高度に医療が発達した社会をディストピアとして描いた。
わたしは、この管理の行き届いた優しいディストピアは現在の日本だと思う。日本人の国民性として有名な同調性の高さ、相手の気持ちを察して先回りして願いをかなえようとするところ、決して高給を得ているわけではない、スーパーやコンビニなどの店員であってもきちんとしたマニュアル通りの対応をするような、”望ましいふるまい”への圧力。テレビや出版物、インターネットには健康法やダイエット、薄毛対策など、自分を”理想の身体”に近づけるための情報が花盛り。仕事に関しては就職の新卒至上主義や、履歴書に数年ブランクがあっただけで再就職が極めて困難になるなど、人間の機能として働くことだけが重視されすぎている。大抵の用事は能率よくこなせて、街は清潔で、治安もいい社会で、医療レベルが高いため平均寿命も長いが、日本の自殺率は先進国の中では群を抜いて高い。著者は、技術的に可能になれば、WatchMeや社会評価点などを導入しかねない社会として日本社会を見ていたのではないだろうか。
そしてもし、人間が自分の安全や健康や幸福度を増すような最も合理的な選択だけをして生きればいいのなら、目の前にあるケーキを食べたくなるが、本当は太りたくないので、意志の力で我慢する――のような心の葛藤は果たして必要なのか、というのが本書の最後の問いだ。お行儀のよさを少し脱ぎ捨て、身体的欠陥も自分の一部として認め、健康上・安全上・履歴書上の観点からはマイナスになる楽しみも引き受け、人生に必要のない無駄やまわり道をもっと愛してはどうかという日本人に対する作者のメッセージとして本書を読んだ。
発展途上国と呼ばれる国々に長期滞在した経験はあるだろうか。私は10年ほど前、学生時代の夏休みに、モロッコに1ヶ月滞在した。国際交流NPOの紹介でホームステイをして、滞在中は地元の工房で陶器作りを学びながら、地元の青年たちとも交流するというプログラムだったが、受け入れ役のモロッコ人数人と、イギリス、アメリカ、フランス、日本などから来た私たちはもっぱら街中のカフェでお茶を飲んでだべったり、みんなで旅行に行ったりして過ごした。帰国後、一緒に行動していたモロッコ人青年のひとりからラブレターが届いた。下手な英語で、I love youとか書いてあったのだ。こちらとしてはそういう対象としては見ていなかったので、非常に気まずい思いをし、結局返事は書かずじまいだった。
モロッコでは、街にアジア人はほとんどいない。だから外を歩いていると外国人だということは一目でわかり、頻繁にナンパされる。彼らにとって、外国人と恋愛し、結婚して、先進国で暮らせるという人生はあまりにも魅力的なのだ。そのせいで、外国人そのものが魅力的に見えてしまうということを誰が責められるだろうか。
本書『観光』はタイに暮らす人々を描いた短編集だ。最初に収められている「ガイジン」では、アメリカ娘とひと夏の恋を繰り返している少年が描かれ、私はモロッコ滞在時のことを思い出して恥ずかしくなった。そこには、観光客用にわざと英語の間違った看板を用意する人がいる。また主人公は子どもの頃は木登りの特訓をして外国人に披露し、ことさらに「原住民」っぽく振舞ってお金を稼いでいた。私もそのようなものを見抜けなかったかもしれないと、エキゾチックな南の国でひと夏楽しみ、安全で快適な先進国に帰ったガイジンであるわが身を振り返った。
読みすすめると、タイの社会環境の理不尽さについて思いを巡らせずにはいられない。貧しい人、医療や福祉のサポートを必要とする人、いわれのない暴力に遭った人のフォローは、日本では完全ではないながらも、本書で描かれるタイよりはよほどまともに行われていると言える。例えば、「観光」では、主人公の青年の母親は、近い将来失明することが分かっている。手術を受けるお金があれば失明を防げるが、そのお金がない。手術をできる医者もタイ国内にはおらず、シンガポールから呼ばなければいけないのだ。町の顔役に目をつけられ、トラブルに遭う父娘を描く「闘鶏師」でも、警察や司法がまともに機能していれば避けられたはずだ。コネによって徴兵を回避できる少年とそうできない少年の格差を描いた「徴兵の日」のような、政治にいかに取り入るかによって個人の運命を大きく左右するような理不尽は、日本ではまずない。さらに、一般のタイ人よりもっと厳しい環境で生きている人たちのことも描かれる。「プリシラ」ではカンボジアからタイにやってきた難民の少女プリシラと、タイの少年たちが知り合って仲良くなるが、少年の父親たちは難民の住居に火を放ち、難民を追い払ってしまう。
そんな中で、先進国の人間はどういう存在なのか。「ガイジン」以外の短編でも、観光にやってくるガイジンたちはタイの風景の一部としてある。私はガイジンの立場ながら、タイ人がガイジンを見る目線をこれらの小説で感じられたような気がした。この国では遊びだけをして、豊かで恵まれた国に帰って行く、自分たちに金を落としていってくれる存在。同じ空間を共有していても、母国のお金やパスポートに守られた、薄皮一枚の差で「向こう側」にいる人。
しかし本書は、ことさらに社会派を前面に出しているわけではない。あくまでも具体的な出来事と、それに対する個人の気持ちを軸に描いており、社会の不正を告発するような口調ではない。途上国の普通の人が見る風景や、そこで日々生きていくとはどのようなことか知りたい人にはおすすめだ。
ラッタウット ラープチャルーンサップ 早川書房 2010-08-30
日本版「赤毛のアン」はここにいた
『赤毛のアン』がカナダで発表されたのは一九〇八年であった。元号に直すと明治四十一年になる。本書はその翌年に栃木県の高松村という農村に生まれた寺崎テイの物語である。テイの母親は嫁いだ寺崎家の嫁であることを放棄し、出産のために実家に帰ったあと婚家に戻らず、生まれた娘テイだけを婚家に送り届けた。
その後父親は後妻を迎え、後妻の実家の希望で、テイは養女に出された。テイは複数の家を転々とするが、どれも望ましい家ではなく、しっかり面倒を見てもらえず、愛情にも欠けていた。その姿は、幼くして父母を亡くし、マリラとマシュウに引き取られるまで知り合いの家や孤児院で苦労を重ねたアンに重なる。テイは7歳のとき、養女先の環境を見かねた父が決断して、寺崎家の跡継ぎにはしないという条件で実家に戻れることになった。
実家に戻ったテイは祖母の監督のもとで、アンはマリラとマシュウに引き取られてやっと安定した生活を送れるようになるが、テイは同世代の普通の女の子と違い、母親なしで、もちろん父親の後妻となった女性はいて、いじめられたわけではないが、かといって実の母親のような信頼感も持てないまま成長していく。幼いころに「お父さんとお母さんがいて、自分は子どもとして無条件に愛される」という暮らしが自明のものではないことを知った女の子は、周囲に対して透徹した観察眼を持つようになるのだろうか。自然や事物を観察して物語を作るのが好きだったアンと、米寿を過ぎてから自分の幼少時のいきいきとした記憶を語り始めたテイはここでも重なる。本書は、テイの語りをその娘が聞き書きしてまとめたものだ。
テイは実家で安楽な生活ができたわけではない。寺崎家は周辺の農家よりは豊かだが、それでも米だけのご飯は特別な日しか食べられないし、農家の子供には子供の仕事がある。友達と楽しみながらイナゴをつかまえたら、帰ってきて翅と足をむしって調理して食べる。朝は早起きして、蚕に食べさせる桑摘みをしてから学校に行く。学校から帰ったら夜の明かりのためにランプを磨き、その後は風呂の水汲みだ。大人の労働はさらに厳しい。祖母のヤスは季節ごとの労働と祝い事、しきたりなどあらゆる家事に通じ、家を采配している。
『赤毛のアン』のカナダの農村とテイが生きた日本の農村、その社会の最大の違いは宗教観ではないだろうか。どちらの人々も敬虔だが、毎週日曜日に教会に通う一神教の国のアンと、八百万の神の世界に生きるテイ。テイの世界では、台所、便所、風呂、井戸、農機具、米俵など、あらゆる場所にそれぞれの神がいて、正月などの決められた機会に、供え物などでそれぞれの神を尊重している姿が印象的だ。