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寮のポイント稼ぎ/引越し

カテゴリー : 学生時代 — 2001/03/27

引っ越しました。荷造りしたり、新居にバルサン焚いたり、少しづつ荷物を運び込んだり、さすがに全部自分で運ぶわけにも行かず、ふとん袋入れてしめて15個の荷物をクロネコヤマトで送ったり(寮生活のため、家具がひとつもないので可能なわざ)、新居の窓ガラスにヒビが入っていたのでクレームつけたり、業者が指定した時間に来ないのでまた文句いったり、退寮の手続きをしたり、ガス水道電気を開通させたりしてたら学校に来られなくてメールチェックもできませんでした。

上に挙げたことの中でじつは一番大変だったのは寮を出るまでで、寮では電話当番とか戸締りとか風呂掃除とかをいつでもよいが自主的にやって、点数を稼がないと退寮の時に罰金を払わねばならないという規則があるのです。2年以上のあいだ、思い立った時にほんの少し程度の仕事しかしていなかったあたしは、ふと気づくと3月はじめの時点で、今の点数のまま退寮するとなんと何十万円もの罰金を支払わねばならない状態になっておりました。

ちなみにあたしの点数は3月はじめの時点でマイナス58点、仕事の点数は、電話当番(部屋に電話はなく、呼出電話なのです)は30分で1/3点、風呂掃除3点、戸締り1点といった感じです。

もー、やりましたよ。

約3週間で稼ぎに稼いで、やっと退寮当日(26日)、すべての荷物を送り出した後にまた夜の電話当番と戸締りをして、ギリギリで罰金ゼロのところまで持っていきました。3月はとくにあたしのような人が集中的に仕事をするので、「私がこの仕事をします」ということを仕事予定表に書き込んで予約をしなければならないのですが、これがまたあっという間に埋まってしまう。一日に10時間くらい電話当番をする人もいて、この人、食事とかはどうするんだろう、という感じ。

私は、いままで寮の仕事をためていたこともそうだけど、あまり寮内の人とか物事に積極的に関わろうとはしなかった。なんとなく話しても目を合わせない感じの人とか、自分のことばかり主張する人とか、決して育ちがいいとは言えないあたしから見てもマナー的にどうかと思われる人(共同のお風呂で湯船の中で歯磨きをする人、共同のキッチンに一週間以上食器を洗わないで放置する人など)が多くて本当にうんざりだった。また全部学生がやっていることもあって、事務的なことは本当にいい加減。自分宛の荷物や手紙を、知らないうちに送り返されてしまったこともあるし。

今回寮の仕事で、今まで避けてきた分だけ寮のことに関わらざるを得なかったわけだけど、いちいち挙げるには細かいことでも、毎日のように起こるとストレスがたまる。

それでも、寮を出るときは少し寂しかった。北向きで8畳に二人部屋、風呂もトイレも洗面所もキッチンも共同、まわりは自分とは全く関係のない豪邸街、裏は幼稚園で朝からうるさいと、安いだけがとりえのところだったんだけど、唯一のとりえといえば窓から東京タワーが見えたこと。住み始めた頃は「ああ東京だな〜」と感動したりもしたっけ。

あと、私はほとんど関わらなかった寮の中にもコミュニティがあり、なかよくしている人たちもいるんだな〜ということを今さらながらに思った。私はそういう風には出来なかったし、そういう人が実はほとんどなんだけど。

『山形道場』発売記念講演会レポート

カテゴリー : 学生時代,本・雑誌・漫画 — 2001/03/19

字を緑にしているところは話に出てきたわけでもなく、会場の様子の描写でもない私の個人的な感想です。

山形さんは、この前JNという雑誌ではじめてまともに見たんだけど、まさにあのままの感じでした(当然か)。しゃべり方は基本的ににこやか、とつとつとして穏やかで、悪く言えばメリハリにやや欠けます。まあしゃべりのプロじゃないからね。でも時々ジョークを交えたりしていい感じです。

会場は約100人くらいいたでしょうか。開演5分前くらいに入ったのだけど、席は8割くらい埋まっていて、もらった券には086とありました。話が始まった後からも入ってくる人がかなりいました。会社帰りぽい人たちかな。全体的に20代後半くらいの人が多いという印象です。初めからいた学生と思われる人たちは、かなりファッションに構ってなくて思想おたくみたいな人か、カルチャー系にも興味ありなおしゃれ系のどっちかという感じ。男女比は7:3くらいで男が多い。

話の内容だけど覚えている限り書きます。

1)山形道場にも載っていた割引率の話(金融系の話、要するに今日100円もらえるほうが一年後100円もらえる約束より価値が高い、その理由は一年間に何があるか分からず、約束が反故になるリスクがあるから)と、生物には寿命があることも割引率の決定に関係あるかも、そこから経済と生物学を組み合わせた理論ができるかも?

2)「新教養主義宣言」と比較して「山形道場」の位置付け、いつも出来上がった本は、出来が悪いのではないかと怖くて半年くらい読めない、結論が分からなくて放り出しておいたものを勝手に深読みしてくれる場合もある。最初の本であった「新教養~」は意気込んでいて、できるだけ極端なことを言っている文章を集めたとのこと。それにくらべて「山形道場」は、ええとなんだっけちょっと忘れたけど、前書きでも言っているように「民主主義」みたいな大きなお題目と、小さな具体的手段の中間がない、そこをどうするかという文章を集めてみたということかな。それに対するつっこみ(たぶんこれのこと)の話も少ししていた。

3)続いて中間の話ってことで、山形道場の序文にあるニューヨークの都市計画規制を例にとって説明。何枚かコピーが配られる。ここで都市計画関連がでてくるのがやっぱり先輩だ~って感じで個人的にはうれしいね。これが日本の都市計画だとどうなるかという話もあった。個人的には良く分かったが初めて聞いた人に分かったかな?椅子に立ったりして建物の形状を身振り手振りで示して壁面線とかセットバックとかの解説を懸命に行う山形氏。これはプリントで配られた。

都市計画の話だけにあたしには日本の状況ってのが容易に分かるので、やはり市民が何を知りたいのかってことを政策面での伝える工夫が足りないのね~日本の役所は、と思った。マスタープランとかの「表現」だけの日米比較って都市工の研究として認められるだろうか。そういえばどこかでマスタープランかなんかに特定の単語(「環境」とか)が何回出てくるか調べて傾向を調べた研究を見たぞ。ということはやっぱりありかな。

これは話に出てきたわけでは全くないけど、まちづくり条例の特殊な例。これは都市計画関係者にはかなり評価が高いものだけど、こんな風に「変な法律」に取り上げられてしまったりするのを見て改めて読み返してみると、たしかに難解だなと思う。あと、この「美の条例」にもなぜ「美の原則」を守ると「自然環境、生活環境及び歴史的文化的環境を守り、かつ発展」ができるのかというところが詳しく書いてないのね。

もうちょっと一般的な例。宇都宮市都市マスタープランとその概要版。やはり、専門家の文章だなという気が改めてする。望ましい人口密度などを定めているけど、NYの例に倣うなら、これがどういう計算からでてきたもので、このくらいだとどのくらいのスペースの家に何人くらい住むことになるのか、ということを示すといいんだろうな。

4)専門分野と言葉の話。専門書の入門書でも、入門者をびびらせるためにしか書かれていない本がある。仲間内の専門用語を使って排他的なコミュニティを作っている。不動産業界では「競売」を「けいばい」と読まないとバカにされるらしい。また、山形さんはそういう専門家と一般の人の間に断絶があるが、その橋渡し役をしたいということ、文筆活動を翻訳家から始めたこともこの橋渡しってことに関係あるかも。

このへんがサブタイトルになっていた「コミュニケーション・ギャップ」の意味なのね、山形道場で「中間の話」はすでに読んでいたのに、それを英語化したものだということに気づかなかった。最後にこの辺について質問した人もしてもっと詳しい話もあり。

5)話し言葉と書き言葉の話し。現実には誰も使っていない「話し言葉」がある。たとえば、「~さ」「~わよ」みたいな口調はおかしい。誰もそんな風にしゃべってないって。それが山形氏の書き口調にも関係ある、というような話。

6)同僚の柏木さんと共訳した「コード」という本の話。これはインターネット上の法規制について書かれた本だが、もっと広い範囲の考え方が書かれている。自分が漠然と考えていたことがまとめられている、「山形道場よりこれ買った方がいいよ」とのこと。

ざっと本の内容をまとめると、インターネットは自由な空間、匿名の空間だというけれども、そんなことはない。政府や企業の意向によってこれからいくらでも変えることができる。そのためには法律を厳しくすることもできるけど、コピー不可能なプログラムをつくるとか、プロバイダに全アクセスを記録させて個人情報を開示することなしにネットにつなげなくするようにするとか、物理的に取り締まることもできる。しかし、現実世界では法律を破ろうと思えば破ることもでき、そのことが権力の監視に役立っていたりすることもある(内部告発など)ので、ネット上でも物理的に「法律を破れない状態」にすべきではない…という感じ。

これに関連してプライバシーの話もあったけど、これは意味がよく分からず。なぜ今までプライバシーは守らなければならないのかはっきり決めなかった。しかし、インターネットが発達して検索エンジンなんかも性能が良くなって、これからはなぜプライバシーを守るかをしっかり定義しなければ、プライバシーを守ると称してなにか違うものが守られるだけかもしれない…と大体こんなふうなことを聞いたのだけど、こう書いても意味がさっぱりわからない。時間があれば質問したのだけど。「コード」読めば分かることなのかもしれない。

7)前項の自由と規制の話に関係して、リバータリアンという人々の考え方の話。小さな政府志向で、市場万能主義だそうだが、完全な自由というのが良いわけではなく、ある程度フレームがあってはじめて自由は機能する。東欧やロシアが自由な経済を達成しているとはとても言えないのがその証拠。

8)「自由」に関連してバロウズの話。自由に無責任に生きた彼が寂しい晩年を送ったのも「ただ自由なだけではダメ」という例ではないか、と。「自由のなれの果て」という言葉も使っていた。

個人的にはバロウズに興味はないけど、要するに「やりたいことを楽しくやるためには隣人や家族への気配りや楽しくない手続きが要るよ」っていうことでしょ。なんかよくある人生論くさくて山形さんらしくないなと思った。そりゃ事実だとあたしも思うけどさ、ちょっと意外。あと経済の話と人生論を一緒くたにしていいのかな、とも思う。

カットアップという手法の説明。一つのストーリーを、説明を削ってかなり短くし、わざと分かりにくいようにして書く。山形さんも認めているようだけど、バロウズって単なるいい加減な物書きじゃん。麻薬を買うお金が欲しかったから適当な文章を量産していたようでもあるし。例に挙げてプリントをつくってくれたような生々しい男同士のセックスだのオナニーだのの描写にも興味もてないし。

最後の説明で山形さん自身「はじめは好きなSF作家が褒めていたから自分も褒めなきゃやばいかな、というところから入った」みたいなことを言っていた。山形さんでも(昔のことだろうが)そんな風に考えるのか。もっと自分の意見とか好みに絶対的な確信がある人だと思っていた。世間一般ではかっこいいことになっているらしいからそうしておく、って、まあそういう人たくさんいるけど。

また、バロウズ関係で今度本を出すが、彼が作品を書く書かないは彼が親からもらえるお小遣い(成人後も月30万くらいもらっていた)の額と関係があった!という検証をするとか、カットアップの手法をナボコフの小説に使ってみるとか、カットアップされた小説を普通の文章に戻してみるとか、そんないろんな実験をするらしい。

9)最後に質問コーナー。バロウズ関係の質問が多い。そこはあんまり興味ないので聞き流し。山形さんファンってバロウズファンから入った人が多いのかな…面白かったのはなぜ専門家と一般人をつなぐ仕事をしようと思うようになったのか、というあたり、むかしから教え好きだったとか、翻訳も考えてみればそういう仕事だとか、一つのことに打ち込んで専門家になれない、仮説を作って検証して、という大きな論文が書けないというところはあたしもそうだな~と思った(レベルが違うって)。

でも、誰にでも苦手な作業はあるものなのだから、それにかかわずらいすぎずに早く終えよう、と未だに修論本文が終わらないあたしは思った。今この文章を書いているくらいのペースで書ければあっという間に終わるんだけどねえ…。

質問コーナーの最後に私も質問することができた。「コード」の内容について聞いていたときから気になっていたことで、インターネット上で法律を破れなくしても、現実世界では相変わらず法律を破る方法はあるのだからそれで構わない、という考え方もできるのではないか、と思ったのでそれを言ってみた。

答えは、「コード」を書いた人は、「ネット上のコミュニティ」に「現実のコミュニティ」と同じだけの価値を認めなければいけない、と考えているから、ネット上でも法律を破る方法が残されなければいけないと考えている、とのこと。

具体的に言うと、本名が分からず、連絡手段もメールあるいはその人のHPの掲示板だけみたいな、完全にネット上のあるコミュニティにしか存在しない人格がある。そういう人たちには現実世界の連絡方法が通用しないのだから、ネット内で何でもできなければ意味がない。…ということかなあというのがあたしの解釈。

でも、そういう純粋ネットだけのコミュニティって、どのくらいあるんだろうか。オフ会ってのはしょっちゅう開かれているし。Linuxとかフリーソフト開発者のコミュニティについては分からないけど、実際に会ったりは一切しないのかな?そのコミュニティ内ですごく有名になった人が、マスコミに登場したり、講演したりするようになったら? そこまで技術とか、ネットを通した共同作業をする必要のない一般人のレベルでは、あたしの経験からだと掲示板とかMLのネットコミュニティってって時々は実際に会える人たちの集まりであることの方が多いし、長続きするんじゃないかな?

山形さん自身は、「ネット上のコミュニティにそこまでの価値があるかどうかまだ分からない」、とのこと。結構答えにつまっていて、「きつい質問ですね」とか言われてしまった。うへへへへ。じゃなくて困らせてすみません。

これで講演会は終了し、会場ではその「コード」と「山形道場」が売られていた。結構買ってる人も多かった。あたしは山形道場はもう持ってるし、コードは生協かどこかで買おうと思いあまり見なかった。掲示板とかで名前を見かける人たちに会いたかったけど、誰が誰だか分からず(当然)諦めてまっすぐ帰りました。「山形道場」にサインでもしてもらおうと思って持っていったけど、頼みそびれちゃった。残念。

おしまい。長くて疲れた。後でちょっと書き直すかも。

参考:勝手に広報部の関連リンク集

部屋の探し方・決め方

カテゴリー : 学生時代 — 2001/03/04

社会人になるので、寮を出て初めて自分で部屋を借りた。自分の経験を通じて、こうしたらいいんじゃないかな~と思ったことについて書いてみる。

1)はじめに住みたい街を決める。

あたしの場合は、永田町にある会社から一本で、山手線内の北部に住みたいなと思っていたので、南北線で通うとしたら、後楽園、本駒込、駒込(東大前付近はスーパーがないことを知っているし、あまりにもかわりばえのしない風景なのでパス)あたりがいいなと思っていた。

あとは後楽園で丸の内線に乗り換えてもいいから、大塚、茗荷谷あたりでもいいし、永田町から有楽町線で護国寺、江戸川橋でもいいなとも思っていた。

しかし、この中で一番住みたいのは山手線とも接していて便利だし、お店もあるし、六義園もあっていい感じの駒込だとねらいをつけ、結局駒込でしか探さなかった。

一つの駅付近を捜すのに一日かかってしまうので、ここで挙げた駅周辺を全部あたっていたら一週間以上かかってしまうだろう。しかもそれぞれの区域で同程度によい物件を一つずつみつけたとしても、結局そのうちの一つを選ばないといけない。そうなった場合最終的には街で選ぶことになるだろう。だったらはじめに街を決め、「そこで一番いいところに住んでやる!」と思って探すほうが良いと思う。

2)ネットで時間を使いすぎるな。足を使え。

あたしもイサイズとかヤフーとかでいろいろ物件を検索したけれど、あれは2時間くらいやって、住みたい街をしぼって条件と相場を把握すれば十分な気がする。あたしは1)で候補にあげたすべての街で延々と検索して何十枚もプリントアウトしたけど、まったく無駄だった。

また、効率的に不動産屋を回れるように、駒込近辺の不動産屋の住所や場所をプリントアウトして持っていたけど、そんなことしなくても、駅前から目に付く限り片っ端から入っていっても3日はかかるくらい不動産屋って、数があるもの。しかも、10軒近く回っていると同じ物件ばかり目についてくることになるので、そうなったら止め時かなと。

3)遅い遅いといわれたけれど……

2月末になってまだ動いてない、というと、みんなに遅いといわれたけれど、今の時期(3月頭)まではぎりぎり大丈夫な気がする。場所にもよるのだろうけど。

駒込は近くに私立大学などはないし、地方出身の学生にとってさほどメジャーな場所ではないだろうし、あたしが探していたのが一般的学生向けよりはワンランク上の場所(立地、広さなどで)だったのでまだよかったのかも(結果的に7万の所に決めたけど、8万円台までは出すつもりだった)。

しかし、ぼちぼち4月上旬入居というのがでてきていたので、これ以上遅れたらまずいことになるところだった。あたしは国立大学の前期合格発表までには決めようと思っていた。

4)妥協しても良い条件と譲れない条件をはっきりさせる。

月並みな意見ですが。掘り出し物って無いと思ったほうが良いと思う。安いものにも高いものにもそれなりの理由があるのです。自分でプラス条件とマイナス条件を列挙して決めた。

5)仲介業者について

駅前の高層ビルに入っているスタッフが若い系の不動産仲介業者には要注意。最初にこういう連中にあたって、同業者はけなすし、内見はなかなかさせてもらえないし。カルティエの時計をしたおしゃれそうなスーツを着た自分のことを口が上手いと思っていそうな若いにいちゃんに接客されて(上手く騙せたと思ってるんだろうが、そんなにバカじゃないんだよ)、オフィスにいたほかの人も昼のホストという感じだった(池袋の店だし、ほんとにそうだったりして)。このとき携帯番号を教えてしまったせいで、しょっちゅうかかってきていやだった。番号通知でかけてきていたので、その後彼らだと分かると一切出なかった。

駒込を歩いて、目についた不動産屋さんに適当に10件くらい入ったが、一つとしてこっちが出した家賃より高いところばかり薦めたり、同業者をけなしたり、まずはじめに学校名まで細かく書かせたり、はじめから個人情報を根掘り葉掘り聞いてくる奴はいなかった。池袋の店は最初だったから、そんなもんかと思っていたのだが。

あと、不動産業者としての登録番号が若い方がいい、というけれど、その辺はどうなんだろうか。あたしは、決めた業者の登録番号は見ていないし、決めた物件は「どこに行っても出てくる」ものではなく、その業者のところからしか出てこなかったものだし。担当の人も人がよさそうで、その部屋はリフォーム前だったのでいろいろ要求をしたのだが、100%できるという保証は無い(当然だよね)、といいながらも要求はちゃんと伝えてくれているので、ま、いいでしょうということで。そこはは地元密着型の老舗ではないっぽい感じだった。店の前にやたらのぼりとか立てていて、店内が安っぽい感じに派手で、クレヨンしんちゃんの飾りとかあって。深く考えずに店内に入ってすぐ池袋の店を思い出して、ここはやばいかな、と思ったくらいなのだ。

回った業者の中で、本当に地元のおじさんおばさんがやっている老舗、という感じのところがあって、良い人たちだったのだが、やはり最終的に住みたい部屋はそこのではなかった。決めた部屋の管理業者は目白の会社だそうなので、地元の老舗はやはり広いネットワークという店では一歩劣るのかもしれない。

英語教室の経験

カテゴリー : 学生時代 — 2001/01/13

英語を書く力をつけたいと思い、英語教室に通っていたことがあります。

先生は一度替わったのですが、最初の先生はよい先生でした。でも次の人が問題でした。また、最初の先生が欠席した時に替わりに来た人(これは次の先生とも別人)もかなりやる気のない先生で、ここではどういう先生に出会うかが大きな問題になるなと思いました。大学でもいくつか英作文のコースを取りましたが、こちらはみなよい先生でした。こういう専門学校のほうが教師の質のばらつきが大きい気がします。

わたしがやめた原因になった先生は、しきりに英文の内容にまで口を出してきて、それに耐えられませんでした。たとえば、子供の描いた戦争の絵をみて、戦争について書きなさいという宿題が出て、思ったことを書いたところ、先生に「わたしは『戦争は残酷なものだ』と書くことを期待していました」といわれ、うんざりしました。要するに、英語の書き方の勉強をする場なのだから、内容に凝るなということらしい。そのほかにも型にはまった内容の文章の好きなつまらない先生でした。例えば、「一日の行動を書きなさい」という課題を出して、優秀な例として、「わたしは朝○時に起きました、朝食を食べ、学校に行きました。○○の授業を取りました。お昼を食べ、……」というような文章を取り上げたりなど。

小学生相手ならそれでいいのかもしれませんが、大学生や社会人(このクラスには社会人もたくさんいました)くらいになると、「英語でこういうことを書きたい」という気持ちがあるので、先生との相性も難しいなと思いました。これは会話を習っても、もしかしたら同じなのかもしれません。

いまわたしがあったらいいなと思っているのが、英作文の通信教育です。自分の好きなテーマで書きたいだけ書いて、それを文法面のみに限って訂正してくれるような通信教育があったら、受けるのになと思います。ベネッセあたりがやってくれないかなあ?

考えずに作業する

カテゴリー : 学生時代 — 2000/12/12

ここ2ヶ月くらいのテーマは、これになりそう。「研究」というと、さぞかし脳みそを絞って考えることが多いだろうという印象があるけど、ジャンルにもよるだろうけど研究とは9割は作業だと思う。

最近、ちょっと気を抜くと、ぼけっとしていろんな事を考えたり、手元にある本を読んでみたり、メールを読んで考えたり、気になっていたことを思い出してネットで検索したりしてしまうのだけど。「考えるな。とにかく動け」と自分に言い聞かせる。

『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』のなかで、「社会学は枠組みを疑う学問」という言葉があった。遥洋子は3年間ほどゼミに出てディスカッションをしていたが、長い論文を書いたことはなさそうだ。社会学だってなんだって、まとまった長さの論文を書けば、その研究としての枠組みって絶対あると思うのである。疑い、批判するだけでは絶対長い論文など書けない。必ずどこかで「この方法論でよいのだ」と信じて、そこからはその土台については自分のなかではこねくり回さず、突き進むことが必要だと思う。

あたしは、「論文書かなきゃ」と思ったそばから、自分の研究の進むであろう方針を「こんなんでいいのか」と自分で批判したり、そもそもみんながみんな研究者になるわけではない都市工学科の修士課程に論文は必要なのか(UCバークレーのDept. of Regional Planningみたいにインターンで修論の代わりにして欲しいなぁ)とか、いろいろと何の役にも立たないくだらないことばかり考えていた。

でも、そういうのはもうストップ。とにかく、実際に作業を進めなくては。修論が終わったら「自分が修論を終えた」というそのことに基づいて、いろいろ考えたりすることもあるだろう。それまでは。

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