『マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して』 ナサニエル・カーン監督
吉原真里さんのブログでお勧めされていたので観ました。
ルイス・カーンは有名な建築家だが、その生涯について私はほとんど知らなかった。彼は、若い頃から建築家になることを志していたものの、建築ではなかなか稼げずに妻が働いていて、50代で初めて妻の援助で建築家として自分の事務所をかまえ、その後名声を得たのだが、その時点から死去するまでは10年ほどしかなかった。その間に精力的に建築設計をしたのはもちろんだが、最初の妻との子どものほかに2人の愛人に各1人ずつの子どもを作っていた。その私生児ナサニエル・カーンが、監督、脚本、出演をつとめ、彼が11歳だったときに死んだ父親の足跡をたどるというドキュメンタリー映画。
始まって10分くらいで、私が実際に見た2つの彼の建築、イエール大学の美術館とブリティッシュアートミュージアムが出てきたのがちょっと嬉しく、懐かしかった。
そのほかの建築としては、ソーク研究所もよかったが、やはり最後の、バングラデシュ国会議事堂と、地元の建築家によるルイス・カーンの人物像に対するコメントがとても印象的だった。
2人の愛人は、それぞれ建築家とランドスケープ・アーキテクトで、ともにルイス・カーンと協働する立場の女性だった。そして2人とも生涯誰とも結婚せず、私生児を育てあげた。この2人のルイス・カーンを語る表情とコメントもとてもよかった。
父親が同じで母親の違う子供3人が集まって話すシーンがあるが、これを撮るのに乗り越えるハードルはどんなものだっただろう、とも思った。
20年ほど前に亡くなった(この映画を撮った時点で)ルイス・カーンについてコメントしているのは、建築や都市の分野で一仕事終えたという感じの老年期に入った人たちが多いのだけど、なかでもルイス・カーンが住んでいたフィラデルフィアの都市計画に関わっていたエドモンド・ベーコンは、この映画に登場する人たちはほとんどルイス・カーンを褒めたり評価したりしているのに、けちょんけちょんにけなしている。現在のフィラデルフィアの都市にルイス・カーンの意図は一切現れていない、それでよかったというようなことを言っているのだが、その言いようがなんともコミカルで笑ってしまった。ルイス・カーンは、自動車を入れないで歩行者のみの都市をつくりたかったようで、今でこそ意味があると思われる考え方だけれど、おそらく50年代くらいのモータリゼーション全盛期には早すぎる提案だったのでしょう。
試しにちょっと見てみたいという人には、監督のナサニエル・カーンがTEDでしたスピーチが以下にある。映画の映像も一部入っている(映画ではカットされていたシーンもある)。
ナサニエル・カーンがドキュメンタリー映画「マイ・アーキテクト」を語る | Video on TED.com
購読する





























































