最近のtwitterについて思うこと

2011年に「twitterで前提を共有しない人からの反応は対処に困る」的なことを書いたが、最近のtwitterはまた様子が変わってきた。

以前(2011年くらいまで?)は何か発言すると、mention欄がリプライや非公式RTでどどっと埋まることがあったが、最近はほとんどない。その代わり、favや公式RTがどんどん増えていくようになった。

リプライや非公式RTを使う人が減ったかわりに、公式RTをしてその後に意見を言う「エアリプ」が増えた。これ自体は良いとも悪いとも思わないし、私も使うが、これをする人は、他人の意見について何か言いたいけど、発言者に対して言いたいのではなく、ひとりごとまたは自分のフォロワーに向けて言っていますよという感じがある。だから、元発言者としても特に対応しようとは思わない。

問題だと思うのは、直接のリプライならできないと思われるほどの罵詈雑言を並べる人がいることで、元発言者はエアリプをたどろうと思えばたどれるので、そういうのを見つけてしまうと結構つらい。で、エアリプそのものも、こういう反応も、twitter内にいくつも「島」ができてきたからだろうと思う。

日常的なトピックではなく、政治関連など論争的なtweetを好む人にみられる特徴だけど、自分と意見の異なる他者の考えをしっかり読み取り、部分的にでも評価したり自分の考えを変えたりするのは結構大変なことだ。だから、やらない人が多い、ということを最近特に感じる。

あるトピックについてなんらかの考えを持つのは当たり前のことだが、一旦どちらかの陣営につくと、でっちあげでもヘイトスピーチでも、「味方」の発言なら喝采し、「敵」の言葉なら論理的には間違っていなくても、人格攻撃でもなんでもして叩く人が増えたと思う。

対立する相手の意見は眼に入ってこないというよりは、見るんだけど、もうどちらかの陣営に入ってしまった人間にとっては「叩くための餌」としか思えなくて、相互にフォローしている同じ陣営の人たちと一緒に叩いて仲間意識を醸成しているというか。

「自分は○○氏の意見は全体的には好きではないが、××に関してだけは評価できる」(この逆でもよい)のような発言をする人は少ない。

私自身も最近は、twitterでやりとりする相手と一方的にtweetを見ているだけの人が決まってきた感じはある。昔のtweetを見ると、結構有名な人に話しかけているなあと思う。全体の人数が少ないうちは、twitterというツールに目をつけて使っているというだけで仲間意識があったので、話しかけることができたけれど、ユーザーが増えてくると、フォロワーが万を超えるような有名人に話しかけるのはためらわれる。どのみちいろいろな人に話しかけられてmentionは埋まっているだろうとも思うし。

これは、インターネット全体についても言えることで、90年代には、個人ホームページを運営している人というだけで仲間感があった。ネットが普及してきた2000年代半ばからは、mixiやはてななど、特定の新しいネットサービスを使っている人=仲間となり、そのネットサービスが順調に成長して人数が増えると、単にそのサービスを使っているだけではなく、もっと細かい共通点を求めるようになっていく。そして、最近の流行のネットサービスがfacebookやLINEであることを考えると、そういうのもそろそろ終わりかなとも思う。

「前提を共有しない人からの反応は対処に困る」のだけど、「同じ意見の者ばかりでまとまって敵の悪口を言っているのは気持ちが悪い」というわけで、人間ってわがままだなあと(笑)。