ネット依存・続き

だから「ネット/現実」の二分法はやめろと……――「ネット中毒」について – Thirのノート

この人が私の書いたブログ(ネット依存について思うこと)に対してたいそう怒っているようなのだが、何度読んでも論旨がよくわからない。でもぶくまは結構集まっているし、同意している人もいるので、私の頭がおかしいのかなあと思いながら書く。

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この方がインターネットから離れた後、若者世代とインターネットを取り巻く環境は大きく変わった。それまでは、インターネットの関係というのは、ネットから出発して現実に「オフ会」として回帰する存在であったのかもしれない。しかし若い者の間では、LINEにもfacebookにもmixiにもTwitterにも、「オン」の友人と「オフ」の友人が同居している。

私がネットから離れてずいぶん長いかのように書いているが、現在進行形でネット時間が長いからこそ、もっと減らしたいと書いたんだけど。

記事の最後近くでは「老人世代」とまで書いていて、自分は私と違って若い、ということを強調したいみたい。プロフィールを見ると大学生だそうで、確かに私よりずいぶん年下だが、世代によるネットの使い方の違いはこの人が思っているほど大きくない。まあLINEはスマホ持ってないのでやってないけど、実際に会う人とネットだけのやりとりの人が、facebook、twitter、mixiに混在しているのは私も変わらない。私よりもっと年上で、パソ通の頃からやってますという人だって、現役でソーシャルメディアを使っているならさほど変わらないだろう。

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さて本題に入る。

生活を崩壊させるのはインターネットではなく崩壊者の意識である。

こういう、原因が「ネット」か「人」かの二分法こそ意味がない。私は、ネット依存の問題はネットというツールとその人の資質の複合的な問題だと思っている。

この方が問題としているのは、「ネットに依存すること」ではなく「家庭を顧みないこと」であろう。それがなぜか、問題が前者の方に過度に強調されてしまっているのだ。

その人が原因だと言われたって、ネットで何か起こったときに脳内にドーパミンが出ることを脳を直接改造して変えられるわけではない。ネットに吸い寄せられてしまうという資質を自覚しているから、この人(「クローズアップ現代」に出てきたIT企業社長)はタイマーを使ってネット時間を制限し、その結果、家族との時間をとれるようになった。

たとえばこれをアルコール依存に置き換えたらどうだろうか。

「生活を崩壊させるのはアルコールではなく崩壊者の意識である」
「この方が問題としているのは、「アルコールに依存すること」ではなく「家庭を顧みないこと」であろう。それがなぜか、問題が前者の方に過度に強調されてしまっているのだ。」

いや別に、アルコール依存を治すことで家庭を顧みるようになったらそれでいいんじゃないの?

世の中にはアルコールへの感受性が平均より強い人がいる。そういう人が現実適応に問題があったり、強いストレスを抱えていたりする場合に依存症になることがある。そういう人に「おまえの問題なのだからアルコールをやめないで解決しろ」といって問題は解決するだろうか?

まとめると、トレードオフではないのだから、リアルとネット(orアルコール)の両方の問題に手をつければよく、リアルの方だけに対処し、もう一方は放置せよという方が筋が通らない。また一般的に、「家族を顧みる」のような抽象的でわかりにくい目標よりも、「禁酒する」とか「ネットは一日n時間」のようなシンプルな目標を先に掲げる方がやりやすい。

もちろん、世の中の多数派はお酒は適量にとどめて楽しく飲むことができる。そういう人は別に禁酒する必要はない。ネットも同じ。

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「インターネットは制限されなくてはならない」と考えているような老人世代には、インターネットについて語ってほしくない。「インターネットが既にインフラの域にまで達している」ということは、もはやその是非を議論する存在ではなく、既に前提となっているのだ。

私は、すべての人に対して「インターネットは制限されなくてはならない」と書いたことはない。自分のネット利用を減らしたいと書いただけだ。また、ネットが単なるインフラならば、それを使わないようにしている他人にわざわざかみつく理由はない。「私はあまり電気を使いたくないので、このように節電しています」という人を批判するだろうか?

むしろ、電気や水道のような意識せずに使うインフラと違って、「ネットを使いこなしている若い世代である自分」というアイデンティティが強固だからこそ、私をネットの流儀が違う老人呼ばわりしないと気が済まないのではないか。

インターネットが持ち出されるだけで、「学校裏サイト」や「ニコニコ動画で生主の家族が」や「Twitter中毒」といったミクロな現象の背後に壮大な悪の枢軸があるように思えてしまう。

いやーそんなことは誰も言っていないと思うけど……。ここにも、自分のアイデンティティを託したネットが攻撃されている! という被害妄想が見える。

全体的に、ネット依存の問題を「ネット」と「属人的な問題」に二分して、後者だけが問題だとし、ネットは一切悪くない! ネットによって悪影響が出うるなんて言うことは許さない! と叫ぶ方が、よほどネットと現実を二分していると思うのだった。