ネット依存について思うこと

昨日、NHKのクローズアップ現代で「“つながり”から抜け出せない
~広がるネットコミュニケーション依存~
」というネット依存に関する番組が放送された。ゲストは津田大介氏。内容についてはこのtogetterにまとまっている

私も数年前からネット依存については思うところがあり、無駄なネット利用は減らそうとしてきた。関連のtweetをしたら加野瀬さんがまとめてくれた。これに対する反応も多く、ネットユーザーの関心が大きいテーマなのだなと思った。

一方で、今このエントリのために文章を猛然と書いているように、私の「書きたい欲」をネットは受け止め、発表場所を与えてくれた。いくらかの読者を得ることもできた。そうしてネットに表現したから生まれた人間関係もあるし、調べ物や買い物など便利に使っている部分もある。そういうネットの良さを享受しつつ、ネットにかける無駄な時間やエネルギーは減らしたいと思っているのだけど、難しいところ。

以下は、上記にリンクした私のtweetまとめに、大幅に加筆し書き直した文章です。

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アルコール依存症の治療は、酒を一滴も飲まない状態を目指す。適量の酒は健康に良いと言われても、依存症になる人たちは「適量で止める」ことができないからだ。でも私は今のところネットを全く使わない生活は考えられない。そこが難しい。

私がネットから離れる方法は、「ちょっとネットに貼り付いてしまっているな」と思ったら何も考えずにパソコンの電源を落としてしまい、離れて出かけたり家事などをすること。パソコンを立ち上げるのに時間も手間もかかることを歯止めにしている。今のパソコンはWindows XPだけど、最近のWindowsだと基本がスリープモードと復帰の繰り返しなのかな、それは困るなと思っている。

家でのパソコンによるネットはやめることができないので、買って4年半になるボロボロのガラケーを使っているが、最近はデータ通信(iモード)を切っている。これによって外出したらもうネットは全く見られない状態を作っている。

夏にアメリカに2ヶ月滞在したときに、回線の解約をせずに料金を減らすためにデータ通信を解約して、帰国後もそのままにしている。ちなみにアメリカでも一番安いプリペイド携帯を使っていたので、通話とSMSだけだった。スマホは今後よほど状況が変わらない限り買わないつもり。iPadなどのタブレット類は今は持っていない。将来的には買うかもしれないが、だとしても回線契約つきのものにはしない。

そんなわけで、外出中はtwitterもfacebookも地図も乗換案内も一切見ることができない。久しぶりに文庫版の地図を出してきて、出かけるときは、あらかじめ家で地図に行く先を書き込んでおいてそれを見ながら行動する。メールの代わりにSMSを使う。乗り換えは紙の路線図を持ち歩き、必要なら駅員をつかまえて訊く。出先でtwitterやfbを見ることは諦め、家でパソコンから使う。Gmailのチェックは、どのみちドコモのガラケーからはしばらく前からできなくなっていた。メールで写真送信は諦める。写真はコンパクトカメラで撮って、ネットにアップしたいときは一旦パソコンに取り込む。スケジュールやToDo管理はもともと紙の手帳でしている。

したがって、出かける前に会う相手の連絡先や行く場所などの下調べをしっかりしておかないと、うまく会えなかったり到着できなかったりする恐れがある。いまのところ実際にそうなったことはないけれど。また家での下調べの途中で脱線して無駄な時間を過ごしてしまうこともある。

そんなわけでまぁ手間ではあるが、出先でこれができないとどうしても困るということは私の場合なかった。約6000円だった月額料金が約1200円になったのと、家でぐたっとしているときや電車待ちや乗車中に意味もなく携帯でウェブを見なくなったのは良い。その代わりに本を読んでいる。

あとは番組中で津田さんも言っていたけど、facebookやtwitterなどネットサービスのメール通知は極力切る。私はDMやメッセージが届いたときだけメールが届くようににして、あとは止めている。

パソコンを開いたときに向かいあうことになるネットサービスやソーシャルメディア、ネットメディア等は、ユーザーが使えば使うほど利益になる人たちが運営しているのだから、そこからできるだけ逃れようというスタンスで臨むのがいいと思う。

         ☆  ★  ☆

私は1998年にジオシティーズでHTML手打ちの個人サイトを作った。それから今までほぼずっとサイト運営を続けている。ブログやソーシャルメディアといった言葉ができるよりずっと以前から、自分の思いをテキストとしてネットに表現し、レスポンスをもらったりオフ会に出たりということをしてきた。リアルに会うようになった人間関係もある。もちろんmixiもはてなもtwitterも初期からのユーザーだ。

でも、以前ほど無邪気に「ネットサービス(ソーシャルネット)いいよね! みんなどんどん使えばいいのに!」とは思えなくなった。新しい面白そうなネットサービスを見つけると、いち早く登録してアカウントyucoを押さえるというのも昔はやっていたが、今はあまりしていない。よく考えてみると、今まで続いていてよかったなと思える人間関係って、2004年ごろより前に生まれた縁によるものがほとんどだ。もうネットの様々な出来事は一通り見た感がある。ネットサービスという舞台は変わっても、その上での出来事はしょせん人間のやることなのであまり変わらないとも思う。

何年か前にネットでネット依存の対処法を探したけど、ネットに依存している自分を半ば誇りに思っていたり自虐ネタ的に扱っているものしか見つからなかった。よく考えたら、ネット依存をやめた人がその方法をネットに残すことはほとんどないだろう。

当たり前だけど、ネット界で目立っているのは、ネットを使いこなしてそれを誇りに思っている人が多い。でもすべての人がそうなる必要はないし、ネットをほとんど使わず充実した人生を送っている人も世の中には多い。

クローズアップ現代で放送された韓国の子供のエピソード(親子関係に問題があり、ネットで親に対する不満を吐き出していた)を見て、やはりリアルに問題があって、逃げ場としてネット依存になるのだなぁと思った。単純にネットをn時間以下にするというより、リアルの問題を解決する必要がある。

だから、ソーシャルメディア有名人で、リアルで仕事でも評価され私生活も充実しているような人は、一見tweetが多くても、依存とか中毒のような不健全な関わりではないのだろう。

私は番組中に出てきたネット依存症専門の病院にかかるほどではないと思う。でも、今ほど長時間ネットをやっていたら、将来歳をとって死ぬときに後悔するだろうなぁと思う。この人生で何をしたのかと振り返ったときに、「ネットやってた」というのは嫌だなぁ。ネットやソーシャルメディアを使って、何ごとかを成し遂げた人はそうは思わないだろう。でも私はそうなれなかった。

アルファブロガーとかtwitter有名人に憧れたこともあったけれど、無理だった。ネットで表現するのが楽しいと思った人は、一度は「ネットで自分を表現することで大衆に愛されたい」と思ったことがあるのではないか。実際それに成功しているように見える人もいて、その人の愛されぶりもまたネットで伝わってくる。私も、twitterでたくさんRTやfavされたとき、あるいはブログにはてブが集まったとき、「脳内にドーパミン出てる感」を味わい、ネットから身を離すことが難しくなる。これに関してはシロクマ先生のエントリ(「“承認欲求の流動食”に依存する人々」などが参考になる。

上にも書いたように、表現欲をひたすら押さえつければネット時間は減るだろうが、それが良いとは思っていない。そして表現にレスポンスがあるのは基本的に喜ばしいことだ――ここで、ループしてしまうのである。ネットと不健全な関わりをしないためにはリアルを充実させることが大切、しかし一朝一夕にリア充にはなれない。表現欲もつながり欲なども基本的には悪いことではないし、リアルにつながることもある。「結局バランスが大事」というつまらない結論になってしまう。このエントリのように書きたいことは書きつつ、「いま無駄にネットで過ごしているな」と思ったら離れ、少しずつリアルの予定を入れる。そんなことしかできそうにない。

関連:ネット依存関連だと、以前読んだ『ネット・バカ』という本が結構怖かった。ネットばかりしていると脳の配線が変わってしまい、本を一冊読み通したりする集中力を出せなくなるよ、といった内容。以前読んだときの感想→ ニコラス・G・カー 『ネット・バカ』

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