高山マミ 『黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在――シカゴの黒人ファミリーと生きて』

山形浩生氏が書評を書いていたので読みました。

日本人女性の著者が黒人男性と結婚して接した、アメリカの黒人コミュニティに関するエッセイ。差別を受けてきたのは事実だが、彼ら自身の問題もおおいにあると指摘している。

本書によるとシカゴは全米で最も人種隔離が進んだ都市だそうで、シカゴの南と西に黒人が住む地域があり、北に白人が住んでいるという。著者の夫は南部の出身で、本書で描写されているのもシカゴ南部の黒人たちが多いようだ。

私はシカゴの南部ではなく西部ならば見たことがある。以前シカゴ西部のオークパークという街に行くために、シカゴ中心部から西に延びる高架鉄道にずっと乗っていて、車窓の景色があまりにも荒れていて驚いた。道路にはたくさんのゴミが落ちていて建物はボロボロで空き地が多く、空き地にはなぜか解体された自動車などが積まれている。とても先進国とは思えない光景だと思った。そして確かにそこを歩いているのは黒人ばかりだった。目的地のオークパークは、フランク・ロイド・ライトが独立して最初に事務所を構えた土地で、彼の設計した住宅がたくさん建っているこぎれいな住宅地なので、途中の風景との違いに驚いた(オークパークも治安は良くないらしいが)。

このような人種隔離は、時代に伴ってゆっくりとでも減ってゆく方向なのかと思っていたが、そうでもないようだ。かつて公民権運動の頃は、黒人も黒人コミュニティを出て別な場所に住もうとか、生まれつき縮れた髪を自然なアフロヘアにしようといったムーブメントがあったが、現在はむしろ退潮しているそうだ。現在、経済力を持った黒人でさえ、治安が悪く教育レベルの低い黒人居住地域を出ないことが多いのだが、それはなぜかということも本書に書いてある。また、アメリカの黒人文化(つまり、アメリカに奴隷として連れてこられた黒人をルーツに持つ文化)はヨーロッパ出身の黒人やアメリカにいるヒスパニック系の黒人とも異なるという。

本書で黒人にありがちな行動として描写される内容はかなり厳しい。はなから生活保護に頼る気でシングルマザーになる、白人を憎んでいて失礼な行動をとってもいいと思っている、身内がドラッグやアルコールやギャンブル中毒になってもやめさせようとせずに受け入れる、どうせ黒人だからということで勉強をしたり黒人らしくない職種(IT系など)に就いたりすることを避ける、など。そのような行動をとる黒人たちに対して、それは彼らだけの責任では決してないのだけど、ならば政策によって改善できるのかというと、難しいなぁと思った。これは割とメンタルな問題で、著者は、当の黒人たちがやる気を出さないとだめなんじゃないですか、というスタンスのようだが、アメリカの黒人は、差別されてきた歴史から集団的に無力感を持ってしまっているわけで、そうできない心の構造になっているのだろう。

私が観察した限りでは、アメリカでは地域の人たちが払った税金で、その地域の公務員を雇い、行政サービスを行うのだ、という意識が強い。これにはメリットもあるだろうが、貧しい人が多く住む地域では、税収が少ない→教育にお金をかけられない・防犯にお金をかけられず犯罪が多い・ゴミが多いetc.といった行政サービスの低下→そういう地域の子供は進学に不利で、高収入の職に就けない→税収が少ない という悪循環から抜けられない。日本ならば、ある程度豊かな地域から貧しい地域に税収を移転して、貧しい地域にも最低限クリアすべき行政サービス水準があるという考えになると思う。アメリカもそうしたらどうかと思うが、国民皆保険すら激しい反対論が出る国なので、難しいのだろうなあ……。

そして、仮に教育予算を増額できたとしても、それによって「勉強ができるのはかっこ悪い」という黒人コミュニティの常識を変えられるのか。これは「努力していい成績を取っても、黒人だからいい仕事には就けない」という歴史が実際に長かったから、それに適応した結果だ。最近では、著者の夫のように仲間にいじめられるのを覚悟で努力して、よい学校に進学し、よい仕事に就いている黒人もいるが、一部の人に限られているという感じらしい。もともとは努力していたのだけど、他人種に混じってレベルの高い大学に進学したり働いたりするのはやはりストレスが大きく、ある時点で心が折れてしまった人もいる。上に挙げたような「ひどい」黒人が実際にいるので、まじめに頑張ろうとする黒人はそういう偏見もはね返さないといけないのだ。

この状態を改善しようと思ったら、なにか集団心理にアプローチするような方法が必要と思われるのだが、それが何なのかよく分からない。また、私はわりと自分の見たアメリカの風景に重ね合わせて読んだが、格差の拡大する日本で「よその国の話」としてだけ受け取れる本ではないだろう。