御手洗瑞子『ブータン、これでいいのだ』

ブータンの首相フェローというポジションで、観光業の活性化のために1年間働いた女性の体験記。

本書は、伝統文化などよりもブータン人のメンタリティに焦点をあてて書かれている。「昔の日本のようにコミュニティの絆がしっかりしている、質素で幸せなブータン人」といったイメージで本書を読むと、以下のような記述には割と驚くのではないか。

  • ブータンの一般の人は手帳を持たず、予定は翌日くらいまでしか立てない
  • 婚外恋愛が盛んで夜這いがあるなど性的モラルがゆるい
  • 高級品が好きで、月収3万円ほどの人でも100万を超える高級車を買ってしまう(返済に10年ほどかかるローンを組む)
  • 労働時間は短く、いわゆるエリート的なホワイトカラーの人でも、17時くらいに終業のことが多い
  • 都市部では失業率がそこそこ高いが、建設作業など、ブータン人のやりたがらない仕事があり、それを出稼ぎのインド人がやっている。日本人の著者に対してはたいへん親切なブータン人が、こういったインド人に対しては同じ人間だと思っていないかのような態度を取る
  • 女系社会なので、男が婿入りする。上記のように勤め人でも労働時間が短いこともあり、女性の社会進出が盛ん。家事はむしろ夫の方がよくするという家庭も多い。当然、義両親に気配りするのも、離婚したら家を追い出されるのも夫である
  • 人間の努力で物事をどうにかする、という考え方が薄い。たとえば医師が医療でできるベストを尽くさずに「この患者はどうせもうすぐ死ぬから、このままにしておこう」と言ったりする。

このうち、性的モラルと高級品好みについては根はひとつで、要するにブータン人は快楽主義なのだと著者は分析している。このように、一方的な賞賛ではなく長所と短所をバランスよく見ていると思った。

ここで書かれているのは2010~2011年の話で、本書中で「一週間後の予定も立てない人たちが、明らかに収入に見合わない買い物をして、10年ローンなどをバンバン組んでしまう。本当に10年間ローンを払い続けることをイメージして借りているのか。数年後には返せなくなる人が続出し、銀行が貸し倒れするのでは」と著者は懸念しているのだが、これについて著者の次に首相フェローとなった方(この方はブータンの金融方面で働いているようだ)が現在の状況をブログでこのように書いている→ Appreciate Happiness ブータン・ブログ ブータンのインドルピー問題 Bhutan’s Indian Rupee Issue

全体的に、近代化していない社会の人は、近代化が済んだ社会の人からみるといろいろ異質で面白いんだなと思った。もし現代の日本人がタイムスリップして江戸時代以前の日本人に会ったとしたら、国民性の違いは多少あっても似た印象を持つのではないか。

彼らの性格には、海外とやりとりしたり資本主義社会でビジネスしたりするには適さない点が数多くある。ブータン人の買い物しすぎ、ローン組みすぎ問題にしても、近代化以前のメンタリティを持った人が、最近になって急に貨幣で海外のものでもなんでも買える状態になったというずれの現れのようだ。

一方で長所は、コミュニティの絆があったり現世がダメでも来世があるさという考え方で、自分の欲望や達成だけに過度にフォーカスしないことによってストレスが少なそうなことで、メンタルヘルス的にはこちらの方が健全な感じがする。すでに近代化を経験した地域でも、その歴史は人類全体の歴史から見たらごくわずかだ。近代化で人類が経済的に豊かになったとしても、それが人間の精神にとっても適した生活パターンかどうかはわからないということだろうと思った。