- 2010-01-22 (Fri) 19:59
- 本・雑誌・漫画
新書一冊でここまで中身の濃い本は珍しいと思います。今まで興味をあまり持ったことのなかったテーマで、かつこの濃さのため、最初は入り込みづらかったのですが、評判の良い本だし……と思ってがんばって読みすすめていたら、いつのまにか「科学に対する新しい見方」が脳内にインストールされた感じです。よくある読書アドバイスに、興味を持てない本、わからない本は時間の節約のために読むのをやめろというものがありますが、私の場合、評判のいい本は最初とっつきにくくても、がんばって読んだ方が良い結果になることが多いように思います。
系統樹というのは、たくさんある物が変化しつつ進化してきた系譜を記述する「言葉」です。1990年以降、生物学の分野では「系統樹革命」が起こっているそうです。これは、推定された系統樹をベースにした研究のことで、それ以前と比べて論文数が飛躍的に増え、生物学者の間では、もはや系統樹が研究を進める上で不可欠とみなされているそうです。
分類思考と系統樹思考を考えるとき、人間は、ヒトには“ヒト性”サルには“サル性”のような本質があると認知する傾向があり、これは分類思考にはフィットします。一方でサルが枝分かれして別のサルと人間になったりする系統樹思考は直感的ではなく、意識的に訓練しないと身につきません。
科学哲学の分野で、なにが科学なのか、といった基盤や位置づけ、方法論の議論をするとき、実験によって再現できる科学だけが正当な科学だと思われがちで、その基準では、再現不能である歴史学や進化学などは正当な科学ではないとみなされがちでした。
そこで、科学の方法として、帰納法と演繹法の次の第三の推論様式として、(不完全かもしれない)与えられたデータのもとに、それを説明する複数の仮説を比べて、最も良い仮説を採用する「アブダクション」という仮説選択基準を歴史学では使うと考えれば、実験では再現できない歴史学や進化学でも、方法論が違うだけで、科学の一員なのだと考えることができます。複数の点(生物など)からそれらを結ぶベストの系統樹を導き出すために、アブダクションが用いられます。またアブダクションは、歴史学だけでなく、人工知能によってロボットを動かすときにも有用な考え方です。
歴史は科学の一員というとき、生物の歴史のような理系分野の歴史だけを考えているのではなく、言語・民俗の歴史のような文系の歴史学も含めて、共通の方法論を見出すことができると著者は期待しています。
系統樹のひとつの例として「棒の手紙」というものが紹介されています。「この手紙を書き写して○人に送ってください。さもないとあなたに悪いことが起こります」というアレです。書き写しに含まれる間違いから、どういった経路で伝達されたのかを系統樹にしたものですが、なぜ「棒」なのか……この系統樹の祖先である誰かが「不幸」と書かれていたのを「棒」と読んだからだ、というのには笑いました。
系統樹というのは系譜の中で枝分かれはするけれども、再統合はしないモデルですが、再統合をするモデルはネットワークです。だから、ネットワークの特殊な例が系統樹であるとも言えます。現在、全ての生物を含む究極の「生命の樹」を目指して、生物群ごとの系統樹の統合を目指している研究者もいるそうです。
ところで、気づいていない人も多いと思いますが、本書のカバー裏には「セフィロトの樹」が掲載されています。
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- 『系統樹思考の世界』三中信宏(講談社現代新書) from blog.yuco.net

