著者の土井香苗さんは、10年以上前にエリトリアへ法律策定のボランティアに行っていた頃から私は認識していて、エリトリアから中継で立花隆と対談していたのをテレビで見た覚えがある。その後もなんとなく活動を追っていて、私と同い年の女性で最も優秀な人ではないかと思っている。最近は、Human Rights Watchの日本事務所 を立ち上げたことは知っていたが、twitterを始めた のを見て強く認識するようになった。それにしても美人 さんですね。twitterで日々の発言を見ているうちに、著書「“ようこそ”と言える日本へ」を読みたくなったが、もう絶版で、Amazonでは高値がついているので、図書館で借りて読んだ。
本の内容は、エリトリアでの法律ボランティアと、その後日本で弁護士として従事した、難民を収容所から出して、日本に定住できるようにする活動の体験報告が中心。エリトリアでも、日本でも、土井さんは迫害をかいくぐって生きてきた人たちにたくさん出会う。そういう人たちが受ける精神的ダメージについて詳しく読んだのは初めてだった。難民について一般的に報道されることは、拷問を受けたとか、親兄弟が亡くなったとか、とにかく貧しいとか、そういう事柄が多い気がする。そういう経験自体も不幸だけど、ストレスフルな経験をすると、精神的ダメージになって残り、何かのきっかけでぶり返すこともある。
たとえば、土井さんがエリトリアでホームステイしていた家の女性は、幼少時混乱していたエリトリアを逃れてイギリスに渡っていたが、イギリスでは黒人差別に遭って辛い思いをした。エリトリアが独立したので戻ってきたが、今度は身についたイギリス風の考え方や行動によってエリトリアになじめず、精神を病んでしまった。それ以外にも、母国での迫害を受けて難民となり日本に逃れてきたが、日本では難民認定されず、外国人収容センターに強制収容されたことで、母国での迫害体験がフラッシュバックした人もいる。外国人収容センターというのは、難民に厳しい政策をとっている日本で、難民として認めず日本社会で生活させることができない外国人を収容するところなのだけど、一旦入れられたらいつ出られるか分からない。そういう状態で押し込められていること自体が多大なストレスだという。収容所に入った難民は、食べ物を受けつけず痩せたり、精神科の薬を処方されるような状態になったり、自殺を図ったりする人もいる。
土井さんの人生についても興味深く読んだ。両親の仲が非常に悪く、母親には女性は手に職をつけろ、文系なら弁護士、理系なら医者になれとちょっとありえないレベルで勉強ばかりを押し付けられてきたという。それで大学生のある日、妹と一緒にこっそり家を出て、以後親とは一緒に暮らさずバイトで自活してきたという、かなり壮絶な人生である。しかし、いくら勉強を強いられてきたといっても、それで東大法学部に入り、家出の2カ月後に受けたはじめての司法試験で合格してしまうとは、この人どういうエネルギーと頭脳の持ち主なの。しかし、弁護士になる意義も分からないまま親に強いられて勉強していたのに、結果としては司法試験に合格したからこそ現在のキャリアを歩んでいると思うわけで、何が幸いするか分からない。それから土井さんの結婚式、ウエディングドレス姿で新郎と一緒の写真も載っている。当時弁護していた難民にもお祝いされたという。
土井香苗さん関連リンク集
以下のような記事がありました。東京都教育委員会の発表した元データはこちら(PDFです) 。
学校裏サイトの個人情報流出、意外にも「他者」でなく「自身」から ~ 都教委調べ:Enterprise:RBB TODAY (ブロードバンド情報サイト) 2009/08/21
東京都教育委員会(教育庁)は20日、学校非公式サイト、いわゆる「学校裏サイト」などの7月の監視結果について公表した。
(中略)
書き込みそのものについては1579件、うち不適切な物が1100件だった。不適切な書き込みの内訳は違法・犯罪行為2件、家出0件、自殺・自傷7件、自身の個人情報542件、他人の個人情報153件、誹謗中傷239件、不適切行為(飲酒・喫煙)157件となっており、意外にも、“自分自身による個人情報流出”がもっとも多く、不適切な書き込みの半分近くを占める結果となった。
おそらく、校種別内訳などと考え合わせると、低年齢の利用者が交友目的で、つい自分の本名や携帯番号、メールアドレスなどを書いてしまったりするケースが多いのだろうと推察される。
“自分自身による個人情報流出”って一体なんでしょうか。自分の情報を握っている他人が、自分の許可なく情報を出すから「流出」と呼ばれるのであって、自分の意思で自分の情報を出すのは本来個人の勝手でしょう。
ここで調査対象になっているのは生徒ですから、住所や家の固定電話は親のものでしょうから、子供の判断で勝手に公開すべきでないというのは理解できます。しかし自分の携帯番号やメールアドレスを出すことを、問題行為とみなしているのはどうでしょうか。
学校裏サイトにしても「裏」とかアングラっぽい名前がついていますが、単なる学校別の私的な掲示板でしょう。「低年齢の利用者が交友目的で、つい自分の本名や携帯番号、メールアドレスなどを書いてしまったりするケース」と、いかにも自分の情報を出すのは未熟で幼い行為のように印象づけていますが、自分の意思でWWWに個人情報を出している大人はたくさんいます。それも広い意味での「交友目的」によって。私もつい最近までメールアドレスを出していました。スパムメールがたくさん来るので、メールフォームに変更しただけです。
判断力が不十分な子供だから保護すべきという理由だとしても、どうせ携帯やメールアドレスはリセットがきくのですから、出すべきではない場所に携帯番号やメールアドレスを出して、来て欲しくない電話やメールを受け取って、いやな思いをしたって、いい勉強になったと思って携帯番号やメールアドレスを変更すればいい話です。むしろ今後の情報社会を生きるうえで、子供のうちにネットにどこまで自分の情報を出しても大丈夫かという線引きを、ときには失敗しつつ学んだほうがいいのではないでしょうか。
mixiの利用規約改定がひどい件 でも書きましたが、ネットで知り合った相手はネット上だけの付き合いにして、本名やその他の連絡先を交換したり、会ったりすべきではないという考え方がここにも表れている気がします。私はネットで始まった知り合いと実際に会っていいことがいろいろあったと思っているので、こういう考え方は好きではありません。
(追記)
ブクマコメント 、rnaさんのTwitterでの反応 も読みましたので思うことを書きます。
たとえば、子供(この調査では小中高校生)が外を歩いていると犯罪者が声をかけるかもしれないから外を歩かせない、ということにはならないじゃないですか。そんなことを気にしていたら何もできない。子供への連絡先が出ているのが危険だというなら、子供が生身をさらして外を歩いているというのは、本人へのダイレクトアクセスが可能という点で、究極の危険です。
それでも子供を外出させるのは、ありうる危険を上回るメリットがあるからだと思うのですが、ネットで連絡先を公開することは、外を歩くことに比べてそんなに危険が増すのかってことです。交友目的でメールアドレスなりを出す生徒がいる、ということは、実際にその交友目的が果たせて楽しかった、ということが、良くない事柄の何倍も起こっていると思うのです。それに比べて「学校裏サイト(あるいはそれ以外のウェブサイト)」で連絡先を出したせいで犯罪に巻き込まれるケースがそんなに多いのかということ、そのリスクを、子供は一切とってはいけないが、大人(18歳以上?)になったらとたんにすべて自己責任というのもおかしい気がしています。
小林かいちの展覧会 に続いて、こちらは24日までなので、慌てて行ってきた。
公式サイト:松屋創業140周年記念 熊田千佳慕展 | MATSUYA 松屋 |
展覧会名は「99歳の細密画家」だが、この会期中の8月13日に、熊田千佳慕は亡くなった。熊田五郎(熊田千佳慕の本名) – Wikipedia によると、精密画以外にもいろいろと活躍した人だったみたい。
今回の展覧会では、植物や動物の絵もあったが、「プチファーブル」と言われるくらいで、昆虫画の数が多かったし印象的だった。本人も虫がとても好きだったみたい。昆虫を超リアルに細密画で書き、ハチの脚に生えてる毛を1本1本描いてるくらいのレベルなので昆虫好きには超おすすめ。公式サイト に置いてある画像程度の大きさではこの絵の細かさが伝わらないので、展覧会に行って原画を見るか、それが無理なら絵本を見るといいと思う。
「不思議の国のアリス」の絵本の原画なども展示されていたんだけど、超細密昆虫画に比べると、この人の人間の絵にはいまひとつ魅力がないように感じられる。また、まったく濁らない澄んだ色遣いもこの人の特徴かな。
関連書籍
「みつばちマーヤの冒険」なんだけど、タイトルだけ聞くとみつばちの顔を人間ぽくしたりアニメ風に処理するのを想像するけど、この人はそんなことしない。マーヤは頭にリボンを結んでいる以外は超リアルなみつばちである。ほかのハチのデフォルメも旗を持っていたり、帽子をかぶっていたりする程度。
ファーブル昆虫記シリーズ。
ニューオータニ美術館での謎のデザイナー 小林かいちの世界 、23日までということで急いで行ってきた。終了前日の土曜ということで人は多め。
小林かいちは、大正時代末~昭和初期に活躍したデザイナーで、展示されていたのは木版画の絵葉書や絵封筒がほとんどだった。絵封筒というのは封筒の片面全部が絵になっているもので、郵便用封筒としても使われていて、そういう場合はもう片面に送付先の住所氏名を書いていたようです。そういう実際に使われた封筒の展示もありました。
小林かいちは「京都アール・デコ」って言われるみたいだけど、アール・デコかなあ? 私はむしろ曲線的で、植物柄を多用するところなんかも、アール・ヌーボー的だと思ったけれど。
あと、ゴスだなと思った。当時、ゴスと呼ばれるファッションやデザインのスタイルがあったかどうか分からないけれど。赤をきかせた色使い、トランプや時計、クモの巣、十字架などのモチーフなどなど。
小林かいちは、1968年に亡くなったそうだから、もう著作権は切れているのね。それではと何か画像をコピーしようかと思ったけれど、大きな画像でよさそうなのが見つからなかったのでやめておく。
かいちショップ という復刻版グッズショップもあるみたい。ニューオータニ美術館でも復刻版絵葉書などがたくさん並んでいました。
戯曲を翻訳された小澤英実さんから招待していただきました。公式サイト 。公演は23日までです。
私は、吉原真里さんのブログ と女の体で笑うということ – キリンが逆立ちしたピアス を読んで、この演劇に興味を持っていました。
書籍版「ヴァギナ・モノローグ」(「ス」はつかない)というのも出ていますが、Amazonの解説によると以下のようにあります。インタビュー→戯曲(一人芝居)→書籍版という順序なんですね。
200人以上の女性に自らの女性器について語ってもらい、それをもとに著者が演じた一人芝居は大反響を呼んだが、芝居から新たに書き起こされた本書も、その衝撃的な力で全米を感動させた。
今回は一人芝居ではなく、フランス人1人を含む6人の女優のうち1人が話し、もう1人は手話で表現し、残りは舞台の上の周辺部で巨大なタペストリーを編むようなことをしていて、交代しながら6人のうち2人の女優が出てくるという形でした。6人の女優は以下の動画で見ることができます。
手話を取り入れた演劇ということで、観客に耳の聞こえない人がかなり来ていました。当日、俳優座に着いてチケットを受け取るために並ぶときにすでに、自分の後ろに手話で会話している人がいたり、会場側のスタッフと観に来た人が手話でやりとりしていました。舞台上には、声で語る人と手話をする人がいて、手話をする人が演技と手話の両方をするのですが(声を出す人が演技をしていた時間もあったかも?)、これには高い技量が必要だろうと思います。私は手話がわからないので、どこまでが手話でどこからが演技なのか分からないときもありました。この手話と演技の統合した動きというのが見ていてとても興味深かった。
内容はさまざまな女性が語る小さなエピソードの連続で、私が覚えている限りではこんな感じ。「洪水」(予期せぬときにいわゆる「潮吹き」状態になった女性の話、夢の描写も印象的)、イスラム女性が民族浄化の名の下に受けたレイプ、多種多様なあえぎ声(ネタとして、アキバ系の女の子のあえぎ声、アニメ声で「おかえりなさいませご主人様」なんてのもあった)、ヴァギナにされることでイヤなこと(タンポン、ビデ、産婦人科の検診)、ヴァギナを本当に尊敬している男性によってヴァギナに自信を持てるようになった女性の話、父親の知り合いにレイプされたり近所のセクシーなお姉さんに性的いたずら(これについては本人はよかった思い出として語っている)をされたりした女の子の話、ヴァギナ・ワークショップを受けた女性の話、などなど。意外にもレイプではない男女の普通のセックスのエピソードがなかったと思う。あるいはわざと避けたのか。「ヴァギナを本当に尊敬している男性によって~」の話も、挿入そのものについては触れていなかったし。
タイトルにもある通り、全体的に女性器の名称はヴァギナで統一されていたのだけど、一部に日本語の「おまんこ」を強調するシーンがありました。そのときは客席が明るくなり、女優さんが「さあ、リピートアフターミー、おまんこ!」と客席から声を出すように煽っていて、2回目くらいで何人か言った人もいたけど、私は言えなかった。ううむ、自分はこういう場では言えないものだなーという認識を持って帰りました。
今回の公演を見た方の感想としては、平松れい子演出の The Vagina Monologues/穏やかである政治性+ – 白鳥のめがね は演劇に詳しい方のようで、演劇のボキャブラリーが全然ないので、感じたことはあっても言語化できない私としてはうなずきっぱなしで読みました。演出の意図や、編み物の演劇的意味などについても興味深かったです。こういう演劇は、現代美術と同じで、ある程度周辺知識を得て見るほうが面白いと思いました。2009-08-20 – 偽日記@はてな も興味深かったです。
こちらは書籍版。
ヴァギナ・モノローグ
著者/訳者: イヴ エンスラー
出版社: 白水社( 2002-12 )
単行本 ( 134 ページ )
映画版。