文化を享受し、ITを活用して「よりよい暮らし」を考えたい湘南発の個人メディア

日本ではなぜ『勘違いオヤジ層の意見』がはびこるのか

カテゴリー : 社会・意見 — 2013/05/20

「若者には金が無い」ということが、世間一般的には決して「常識」ではないという現実 – yuhka-unoの日記

書かれていることに全面的に賛成ではないが興味深く読んだ。

専業主婦=奴隷と読める部分に引っかかっている人もいるようだが、私はこれを「日本ではなぜ『勘違いオヤジ層の意見』がはびこるのか」という問題提起として読んだ。

その原因を2つに分けてみる。
1)なぜ「オヤジ層」の意見は正しくないのか
2)なぜ正しくない意見であるにもかかわらず、世の中で支持されている(ように見える)のか

1)については、今の日本にはざっくり分けると正社員ホワイトカラー層と非正規雇用層があるのだが、意見を発表できるようなポジションにいる人は前者ばかりでいまだに「一億総中流時代」的な認識を持っていて、後者が見えていないのだろうと思った。特に若者に非正規雇用がすごく増えている(さらに、「ブラック企業を転々とする正社員」みたいな、かぎりなく後者寄りの前者みたいな人もいる)のに、それを代弁する人がいないと。

日本にも階層というものがあって、比較的、正社員層どうし、非正規雇用層どうしで交際・結婚することが多いと思う。交際というのは男女交際だけではなく友人としての交際も含む。非正規雇用層どうしだと経済事情で結婚に至らないことも多いだろう。ここでいわれるオヤジ層は子弟も高学歴→正社員だったり、会社に入ってくる女性総合職などしか見ていないのに若者全般を語ってしまうのではないか。

「自分を高嶺の花だと勘違いした女が、えり好みしているから、婚期を逃すんだろ」と考えている「オヤジ」も、決して少なくはないと思う。」というのは、いかにも正社員オヤジ層が自社に入ってくる女性総合職を眺めていて持ちそうな感想だと思った。

女性総合職の側から見たら、仕事は続けたいだろうし、別に結婚しなくても食べていけるし、わざわざ結婚したところで自分だけが家事育児を負担することになりそうなのがイヤで結婚を先送りにしているのかもしれない。誰でも与えられた環境でいちばん良い選択を目指すのは当たり前で、それを「えり好み」などというのは大きなお世話だと私も思うのだが、「オヤジ層」からはそう見えそうだということは容易に想像がつく。

このあたりの「自社に正社員で入ってくるような女性しかみていない」ところが「女性の社会進出を現状よりも過大評価している」ことにつながるのだろう。

一方で、女性の多くを占める非正規労働者は、とりあえず働き続けていればお金には困らないであろう女性総合職とは全く別の見通しで、結婚とお金の問題を考えているだろうから、「オヤジ層」が正社員女性だけを見てできた「近頃の若い女性ってこういうもの」という意見に対して的外れだと感じるのは当然だ。

2)について。

少子化問題に限らず、視野が狭いのになぜか社会問題について変な認識を語ってドヤ顔みたいなオヤジ権力者ってどこにでもいると思う。日本国内ではそれなりに尊重されているが外国人と接したとたんにボロが出たりとか。何か最近そういう政治家もいたような……。

最近の自己啓発本ブームをみても、Facebookなどで権力者にすり寄る人をみても、人はより社会的地位の高い人の話を聞きたがり、そしてそういう人の意見は内容の善し悪しを問わず広がりやすいというのはもう生存本能みたいなものでしょうがないのかなと思うようになった。

最近のネットとかソーシャルメディアも、こういう「話の内容よりも誰が語ったかが大事」的な傾向を後押ししていると思うし、個人発行の有料メルマガなどもその流れに乗ったものだと思う。

別のブログから引用する。
ブログとメルマガだけの関係 – あざなえるなわのごとし

Kindleで素人が本出したりとか。
プロブロガーも色々出してるねぇ…誰とは言わんけど(数人浮かぶ)。
コンテンツの品位と品質、内容と対価のバランス構造がおかしくなってる気もする。
逆に手間のかかるアプリが無料で、そのくせ少しのミスで酷評されたりとかね。
あれってどういう価値観なんだろうか。
ニコニコの生主にはさくっと払って、グダグダのコンテンツを見てそれなりに満足して、
有料の素人メルマガにさくっと払って、毒にも薬にもならん記事を読み、
無料のアプリをDLしてちょっとミスがあるとレビュー欄に「最悪」とか書きこみ、
無料で見てるブログに気に入らないことが書いてあったら
「は?イミフwwwwwww」
とかコメント付けてみる、みたいな。
即物的で脊髄反射しか感じられないなぁ…。
価値って言うか、その価値を測る尺度って言うか。
そういうズレを色々と感じるなぁ…。
勿論、もしそういう人物が実在するなら、だけれど。

他人の意見やアプリなど「物そのもの」を直接評価するのは難しいが、社会的地位があるとか個人的に親しみがあるとかで「個人」を評価する方が簡単なので、特に頭を使いたくない人はそっちに流れる風潮があると思う。先に挙げた失言政治家が2人ともtwitterやfacebookのヘビーユーザーであることも関係があるかもしれない。

というわけで、

1)なぜ「オヤジ層」の意見は正しくないのか
→最近の日本は階層分化が進んでいるが、上層に属している彼らはそのことに気づいていないから
2)なぜ正しくない意見であるにもかかわらず、世の中で支持されている(ように見える)のか
→発言者に社会的地位があれば、それだけでその人の意見を持ち上げる人が多いから

ではないかと思った。

できることは、そういう「オヤジ層」的な、実際には的外れな意見が政策などに反映されないように、専門家が止めることだけではないかと。

よく使っているネットサービス 【2013年版】

カテゴリー : ネット関連 — 2013/02/28

毎年2月に、その時よく使っているネットサービスについて書いています。2008年にスタートして、もう6年目です。毎年、形式は特に定めず適当に書いています。今年も2月中に書こうと思いつつ、ぼんやりしていたらあっという間に28日になってしまったので、あわてて書いています。

過去のものはこんな感じです→ 2012年版2011年版2010年版2009年版2008年版

昨年の、ネットとのつきあい全般について思うことは、ネット依存について思うことで書いた通りです。ここ数年の傾向ですが「新しいネットサービスすごい! ネット便利!」をちょっと見直す、というだけではなく、ネットとの関わりを意識的に減らしていった方がいいかもと思うようになりました。そのエントリにも書いたのですが、まったくやめるのではなく、「ネットの良さを享受しつつ、ネットにかける無駄な時間やエネルギーは減らしたいと思っている」ということです。明らかに無駄な時間もネットで過ごしているので。

ブログやtwitterなどのオープンな場に自分の意見を書いて未知の人とやりとりするというのが面白いと思っていたから、私は今までそうしていたんだけど、それ自体も、意見がもらえるおもしろさよりも、あきらかに誤読だろうというものや(人それぞれの読み、という範囲ではない、明らかな誤読)、悪意のある意見も受けることになるデメリットの方が大きく思えてきました。

たぶん、無名の一般人がこれからオープンなネットに表現して意味があるのは、専門性の高いコンテンツか、割とピンポイントな好きなもの(読書一般というよりも特定のジャンルが好きとか、特定のタレントが好きとか)で、同好の士を見つけるとか、そういうタイプの活動かなあと思います。

  • 有料コンテンツ……【書き忘れていたけど大事な項目なので追記】2012年はネット上のコンテンツにお金を払うのが一般化した年と言えるかもしれません。有料メルマガの流行、cakes開始、asahi.comの無料コンテンツがほぼなくなる、など(asahi.comについてはよく分かりませんでしたが朝日新聞デジタル – Wikipediaによると、2012年初頭からニュースを無料かつ登録不要で読めることはなくなった(無料登録で月3本まで読めるようですが)、ということでいいのかなと)。いま私が定期的にお金を払っているのはcakes、日経新聞電子版、αシノドスの3つです。加えて朝日新聞の有料版に加入するか迷っているところです。定期的に支払いするものは、1年間では結構な金額になるので、あまり増やしたくないです。個人の発行する有料メルマガを1つも購読していませんが、それもそういう理由です。有料メルマガを発行している人たちの単行本を買うことはあっても、言論というものの書き手個人に、キャラ萌え的なべったりとした感情を持つのはあまり好きではないんですよね…。定期購読ではなく単発のテキストコンテンツ、となると電子書籍になりますが、そちらの方は期待しています。2月にKindle Paperwhiteを買ったので、有料の電子書籍もいくつか買いました。それよりもずっとたくさんの無料本をDLしましたが。
  • twitter……twilogの月別tweet数合計を見ると面白いことがわかります。2011年4月~2012年4月の1年間は、tweet数はとても少なく、月100tweetを超えた月は全くなく、50tweetを超えた月も多くありませんでした。しかしその後また増えて、震災前とあまり変わらないペースに戻っています。別にわざとtweetを減らそうとか増やそうとしたわけではありませんが、自然とこうなりました。ただ、上に書いたように「自分の考えを公開して試してみる」という使い方は、徐々にしなくなりつつあります。最近は読んだ記事を流すメモ的な部分が大きいです。それから、紅白歌合戦のtwitter実況は楽しいですね! タイムラインにいる人の多くが同じ番組を見ているので。これは紅白の新しい楽しみ方だなあと思いました。結婚してから毎年年末は夫の実家にいるので、テレビの前に寝ころがってパソコンを開くなどとても無理なのですが、今年は事情があって自宅で夫と過ごしたので、それができました。
  • ブログ……今年も人生の記録として、それほどたくさん更新はしないと思いますが、淡々と続ける、と思います。1999年にyuco.netのドメインを取ったときは、おばあちゃんになるまで続けるつもりでしたが、ネット人口も増え、SNSなども使われるようになり、「ネットに公開すること」の意味も変わってきた中で、プライベートをどこまで晒すべきか、そして晒してメリットがあるのか、考え中です。昔ながらの「Web日記」的なものは、公開のネット上に置いてもすでにメリットよりデメリットの方が大きいだろうと思います。もっと専門性の高いプロフェッショナルによるコメントやあるジャンルの勉強記録のようなもの、あるいはエッセイのようなタイプでも読み物としての完成度を重視して、発表の場として使うのならば意味があるのかもしれません。
  • facebook……ネットでコミュニケーションをとるような友人がだいたい使っているので私も使っています、という感じです。私のfacebook友人はネットのヘビーユーザーが多いからか、ちまたで言われるような「facebookはリア充でキラキラしている人たちのもの」という感じはあまり持っていません。まあ確かに宴会の写真は割と多いし、子供の写真もあるけど、個人的にあまり気にしていないのかも。
  • Google系……検索のほか、おもに使っているのはGmail、Googleリーダー、Googleドライブ。使い方は昨年とほぼ変わりません。Googleドライブになってファイルのアップロードが可能になったので、長く持っておきたいファイルなどをバックアップ用にこちらにもアップロードするようになったくらいでしょうか。あまり大量には使っていませんが。
  • はてな系……はてなアンテナしか使っていません。あるブログやニュース記事に対する反応を見たいときに、はてブコメント欄を見ることはあります(昨年版とほぼ同じコメントです)。
  • 動画系……時間を取られるので長いものはよほど興味がないかぎり見ません。なにかのネット生中継を見るよりはテレビの方が質が高いと思うことが多いです。YouTubeで音楽を聴いたり、動物の動画のような5分程度までのものはときどき見ます(昨年版とほぼ同じコメントです)。
  • delicious……基本的には便利に使っていますが、相変わらずデザインがころころ変わったり不具合が出たり落ちたりが多くて不満です。最近特に不満なのは、ブックマークをしようとブックマークレットを起動しても画面が真っ白でブックマークできなかったりとか! はてなブックマークの方が安定しているのなら戻ろうかとも思いますが、はてブはタグを[]で囲まなくてはいけないのと、つい「言ってやった」的なコメントをつけてスターを待ってしまいそうなので(ネット依存の要素をなるべく少なくしたいという意味で)あまり使いたくないのです。
  • tumblr……使ってはいるのですが以前ほど頻繁には見なくなり、使い方が変わりました。以前は、海外のブランドや雑誌社などのアカウントをフォローして、ダッシュボードに洋雑誌のような素敵写真が流れてくるのをリブログしたりして楽しんでいたのですが、それがめんどくさくなりました。かなり長いこと、ダッシュボードはほぼ見ていません。AutoPagerizeがうまく動かなくなったりしたのも関係があるかも。今でも、twitterやfacebookなどからリンクされて見に行った先がtumblrだったら、気に入ったらリブログするとか、外部で見かけたテキストの一部を投稿したりはするのですが、一時期夢中になっていた美麗インテリアみたいなのはもういいかなぁと。
  • 自サイト維持……ムームードメイン(ドメイン管理)とbluehost(レンタルサーバ)。ここ数年ずっと同じです。昨年bluehostの契約更新をしたときの記事はこちら→bluehostの契約更新(させられていた)
  • 携帯関連……ネット依存について思うことで書いた通り、昨年7月に携帯のデータ通信を解約しました。なのでネットサービスと呼べるものは使っていません。通話とSMSのみです。外出時に路線検索ができないのだけは若干困ります。データ通信、別に復活させてもいいのだけど、どうしようかなあ。
  • そのほか……Kindle Paperwhiteを買いました。Kindle関連についてはまたエントリを改めて書きたいです。

最近のtwitterについて思うこと

カテゴリー : ネット関連 — 2013/01/23

2011年に「twitterで前提を共有しない人からの反応は対処に困る」的なことを書いたが、最近のtwitterはまた様子が変わってきた。

以前(2011年くらいまで?)は何か発言すると、mention欄がリプライや非公式RTでどどっと埋まることがあったが、最近はほとんどない。その代わり、favや公式RTがどんどん増えていくようになった。

リプライや非公式RTを使う人が減ったかわりに、公式RTをしてその後に意見を言う「エアリプ」が増えた。これ自体は良いとも悪いとも思わないし、私も使うが、これをする人は、他人の意見について何か言いたいけど、発言者に対して言いたいのではなく、ひとりごとまたは自分のフォロワーに向けて言っていますよという感じがある。だから、元発言者としても特に対応しようとは思わない。

問題だと思うのは、直接のリプライならできないと思われるほどの罵詈雑言を並べる人がいることで、元発言者はエアリプをたどろうと思えばたどれるので、そういうのを見つけてしまうと結構つらい。で、エアリプそのものも、こういう反応も、twitter内にいくつも「島」ができてきたからだろうと思う。

日常的なトピックではなく、政治関連など論争的なtweetを好む人にみられる特徴だけど、自分と意見の異なる他者の考えをしっかり読み取り、部分的にでも評価したり自分の考えを変えたりするのは結構大変なことだ。だから、やらない人が多い、ということを最近特に感じる。

あるトピックについてなんらかの考えを持つのは当たり前のことだが、一旦どちらかの陣営につくと、でっちあげでもヘイトスピーチでも、「味方」の発言なら喝采し、「敵」の言葉なら論理的には間違っていなくても、人格攻撃でもなんでもして叩く人が増えたと思う。

対立する相手の意見は眼に入ってこないというよりは、見るんだけど、もうどちらかの陣営に入ってしまった人間にとっては「叩くための餌」としか思えなくて、相互にフォローしている同じ陣営の人たちと一緒に叩いて仲間意識を醸成しているというか。

「自分は○○氏の意見は全体的には好きではないが、××に関してだけは評価できる」(この逆でもよい)のような発言をする人は少ない。

私自身も最近は、twitterでやりとりする相手と一方的にtweetを見ているだけの人が決まってきた感じはある。昔のtweetを見ると、結構有名な人に話しかけているなあと思う。全体の人数が少ないうちは、twitterというツールに目をつけて使っているというだけで仲間意識があったので、話しかけることができたけれど、ユーザーが増えてくると、フォロワーが万を超えるような有名人に話しかけるのはためらわれる。どのみちいろいろな人に話しかけられてmentionは埋まっているだろうとも思うし。

これは、インターネット全体についても言えることで、90年代には、個人ホームページを運営している人というだけで仲間感があった。ネットが普及してきた2000年代半ばからは、mixiやはてななど、特定の新しいネットサービスを使っている人=仲間となり、そのネットサービスが順調に成長して人数が増えると、単にそのサービスを使っているだけではなく、もっと細かい共通点を求めるようになっていく。そして、最近の流行のネットサービスがfacebookやLINEであることを考えると、そういうのもそろそろ終わりかなとも思う。

「前提を共有しない人からの反応は対処に困る」のだけど、「同じ意見の者ばかりでまとまって敵の悪口を言っているのは気持ちが悪い」というわけで、人間ってわがままだなあと(笑)。

2013年 元旦の富士山など

カテゴリー : 神奈川県内お出かけ — タグ: — 2013/01/02

あけましておめでとうございます。

元旦の朝は6時くらいに起きて、江ノ島海岸へ初日の出を見に行きました。砂浜は、夏でもここまで人が集まらないくらいのすごい人でした。

初日の出は、結局雲が厚くてよく見えませんでした。雲が一番赤くなった感じのときの写真が以下です。

江ノ島神社に初詣をして、おみくじを引き(末吉だった)、甘酒を飲んで帰ってきました。

このあたりからだと東に日の出、西に富士山が見えますが、西の方は雲一つなく、富士山はくっきり見えました。ここまで富士山が綺麗に見える日は珍しいです。

政治参加は男だけの仕事なのか

カテゴリー : 社会・意見 — 2012/12/16

病児保育のNPO法人フローレンス代表 駒崎弘樹のblog: 選挙に行かない男と、付き合ってはいけない5つの理由

いやぁ、「子育てと仕事の両立が当然の社会を創ろう」(ブログのプロフィールより)とか言っている人がこういう発言をしているのには本当にびっくりしました。

「読者モデル」で「女子大生」だったりする、男はよりどりみどりであろう女子本人の政治参加については何もコメントせず、社会に関心があり政治にも参加している男はきっと仕事もできて頼もしいから結婚して守ってもらいましょう、としか読めないんですが、これって男女の性別役割分業につながる意見じゃないんですか?

「20代女子の皆さんに忠告」するなら、なんでストレートに「社会に興味を持ち選挙に行きましょう。それがあなた自身と将来の子どもを守ることになります」と言えないんですかね。

このエントリを執筆している時点で、元のブログのほうは7978回、BLOGOSに転載されたのは4766回tweetされているなど反響がたいへん大きく、反応を見ても、ほとんど絶賛する意見ばかりです。

褒めている人たちは「若者は選挙に行こう」という、政治的に正しそうな呼びかけならなんでもいいんでしょうか?

「ネタなんだしいいんじゃないか」という意見もありましたが、ネタにこそ、その人の素のジェンダー観が表れると思うし、よりにもよってこういう立場の人が、ちょっとおもしろおかしく書こうとしたらこういうネタを選んでしまうというのが、まさしく「おじさんが社会を動かす国ニッポン」という感じがしました。

でもまぁ、割とリベラル寄りというか「女性の社会進出」に賛同している男性でも、日本の一般的な男性のジェンダー観ってこんなものかも。これがいかにも保守的おっさんタイプの発言者だったら私もスルーしてたと思うし。

そういう国で以下のような調査結果になるのも、そりゃあそうだろうなという感じがします。
「夫は働き、妻は家庭」20歳代男女で大幅増 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

1 / 15012345...102030...最後 »