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『系統樹思考の世界』三中信宏(講談社現代新書)

新書一冊でここまで中身の濃い本は珍しいと思います。今まで興味をあまり持ったことのなかったテーマで、かつこの濃さのため、最初は入り込みづらかったのですが、評判の良い本だし……と思ってがんばって読みすすめていたら、いつのまにか「科学に対する新しい見方」が脳内にインストールされた感じです。よくある読書アドバイスに、興味を持てない本、わからない本は時間の節約のために読むのをやめろというものがありますが、私の場合、評判のいい本は最初とっつきにくくても、がんばって読んだ方が良い結果になることが多いように思います。

系統樹というのは、たくさんある物が変化しつつ進化してきた系譜を記述する「言葉」です。1990年以降、生物学の分野では「系統樹革命」が起こっているそうです。これは、推定された系統樹をベースにした研究のことで、それ以前と比べて論文数が飛躍的に増え、生物学者の間では、もはや系統樹が研究を進める上で不可欠とみなされているそうです。

分類思考と系統樹思考を考えるとき、人間は、ヒトには“ヒト性”サルには“サル性”のような本質があると認知する傾向があり、これは分類思考にはフィットします。一方でサルが枝分かれして別のサルと人間になったりする系統樹思考は直感的ではなく、意識的に訓練しないと身につきません。

科学哲学の分野で、なにが科学なのか、といった基盤や位置づけ、方法論の議論をするとき、実験によって再現できる科学だけが正当な科学だと思われがちで、その基準では、再現不能である歴史学や進化学などは正当な科学ではないとみなされがちでした。

そこで、科学の方法として、帰納法と演繹法の次の第三の推論様式として、(不完全かもしれない)与えられたデータのもとに、それを説明する複数の仮説を比べて、最も良い仮説を採用する「アブダクション」という仮説選択基準を歴史学では使うと考えれば、実験では再現できない歴史学や進化学でも、方法論が違うだけで、科学の一員なのだと考えることができます。複数の点(生物など)からそれらを結ぶベストの系統樹を導き出すために、アブダクションが用いられます。またアブダクションは、歴史学だけでなく、人工知能によってロボットを動かすときにも有用な考え方です。

歴史は科学の一員というとき、生物の歴史のような理系分野の歴史だけを考えているのではなく、言語・民俗の歴史のような文系の歴史学も含めて、共通の方法論を見出すことができると著者は期待しています。

系統樹のひとつの例として「棒の手紙」というものが紹介されています。「この手紙を書き写して○人に送ってください。さもないとあなたに悪いことが起こります」というアレです。書き写しに含まれる間違いから、どういった経路で伝達されたのかを系統樹にしたものですが、なぜ「棒」なのか……この系統樹の祖先である誰かが「不幸」と書かれていたのを「棒」と読んだからだ、というのには笑いました。

系統樹というのは系譜の中で枝分かれはするけれども、再統合はしないモデルですが、再統合をするモデルはネットワークです。だから、ネットワークの特殊な例が系統樹であるとも言えます。現在、全ての生物を含む究極の「生命の樹」を目指して、生物群ごとの系統樹の統合を目指している研究者もいるそうです。

ところで、気づいていない人も多いと思いますが、本書のカバー裏には「セフィロトの樹」が掲載されています。

系統樹思考の世界 (講談社現代新書)

著者/訳者:三中 信宏

出版社:講談社( 2006-07-19 )

新書 ( 294 ページ )


個人サイトを穏やかに10年続ける方法

私は1998年12月に個人サイトを始めたので、途中閉鎖していたことはあったものの、開始からは11年を過ぎました。自分の経験から、個人サイトを長く運営するにはこうしたらいいんじゃないかなーと思うことを書いてみます。私は個人サイトについては、大人気になることよりも細く長く、人生の記録として続けることをよしとしていて、今まで自分がやったように運営してきてよかったなあと思っています。正体を隠して煽りに煽ってはてブを稼ぐようなサイトは想定していません。

1)技術的に可能なら、ドメインを取って、レンタルサーバを借りて、多くの人が使っているオープンソースのブログツールを入れるのがオススメ

技術的な話から始めます。現在、個人サイトを始めるなら、まず考えるのはブログツール(レンタルサービスを含む)を使うことかなと思います。ブログツールはいちいちHTMLを組まなくともよく、permalink、カテゴリ機能、RSSなどいろいろと便利です。

私が個人サイトを開始したころは、ブログという言葉もなく、HTML手書きが普通でしたが、その後、色々なツールを使ってきました。黒木掲示板CGIを改造して投稿欄を自分だけにしか見えなくして、自分用のブログツールのようにしたこともありましたし、nDiaryというwiki記法のようなテキストを書くと、ローカルでHTMLを生成してくれるので、それをアップロードするという仕組みも使いました。その後tDiaryに落ち着き、かなり長く使っていましたが、2008年にWordPressに移行しました。

WordPressのプラグインやテーマを入れたり、デザインをいじったりする程度なら、プログラミングができなくても、FTPができてHTMLとCSSが大体分かれば可能です(私はこのレベルです)。

以上のようなことができて、これから開始するならWordPressがお勧めです。世界で一番多く使われているブログツールで、各種プラグインが公開されているので、レンタルブログよりはできることの幅が広いと思います。ただし英語は読めるほうがベターです。

なぜ多くの人が使っているオープンソースのブログツールが良いのかというと、自分でプログラミングができなくても、作者がツールのアップデートに飽きて放置、その後進化が止まってしまうという可能性を極力少なくできるからです。あるブログツールを使おうとしていて、現在ある機能だけでよい、これ以上進化しなくても構わないと今は思っていても、今後セキュリティホールが明らかになったり、新しいネットサービスと組み合わせたりという需要は必ず出てくると思います。

しかし一般的には、ブログを開始するときにはブログレンタルサービスで借りる人が最も多いと思います。それでも良いと思います。特に、技術的な知識がない場合、ブログのアップデート等のメンテナンスが面倒な場合はおすすめです。

ただし、ブログレンタルサービスは、そのサービス提供会社がブログにどれだけ力を入れるかによって、使える機能などが左右されてしいます。運営会社がレンタルブログで収益を上げられない場合、ユーザーを引き寄せるための新機能追加はあまり行われないでしょうし、最悪の場合、サービスごと他社に売却してしまうこともありえます。最近では、ドリコムブログがライブドアブログに売却されたという例もありました。この場合、ログは引き継ぐことができますが、前のブログにもらったリンクはすべて無効になってしまいます。そのほか、画像アップロード容量が制限ぎりぎりまで来てしまい、ブログ移転を余儀なくされるということもあるのではないでしょうか。

またサービス会社の都合でなく、自分の意思で他社のサービスに移った場合も、やはりリンクは引き継がれませんし、ログの移行が難しい場合もあります。

ドメインを取ってレンタルサーバを借りるならば、URLはドメインを更新する限り半永久的に同じです。各種レンタルブログでは、有料オプションとして、ドメインマッピング(自分で取得したドメイン上にレンタルブログを設定するもの)がありますが、上記のブログレンタルサービスを使う場合と同じデメリットは残りますし、その後同じドメインでレンタルサーバを借りてブログツールをインストールしようと思った場合、同じ記事を同じURLで維持するのは、不可能ではないでしょうがかなり難しいため、外部からのリンクは引き継げないと考えた方がいいです。なので、ブログツールのインストールができるなら、最初からそうした方がいいと思います。

2)テーマは決めなくてもいいのではないか?

たとえば海外生活を開始したときに、「○○のハワイ生活」みたいなタイトルでブログを始める人がいます。そして、何年か経ってハワイを去るときに「目的を終えたので閉鎖します。東京に戻ってからの生活は http://example.com/ で~」と移転を通知する人がいます。あるいは、料理にはまっているときにお料理ブログを作り、飽きたら放置とか。そういう人は、ブログサービスを借りるときのアカウントでhawaiiとかcookingとか入れるので、別の用途には使いづらいのかなーと想像します。あるいはcookpadに付属するブログなど、そもそも料理について書くことを期待される場を選んでしまうとか。

そうではなく、「自分のなんでもブログ」を1つ作って、料理とかハワイ生活とかいうのはカテゴリにすればいいんじゃないかなと思います。ある時期には料理カテゴリが頻繁に更新され、あるときは別カテゴリでいいじゃないですか。

ブログをずっと続けるということを考えると、ある時期の状態や興味をブログのURLなど変えられない部分に使うのは避けたほうがよいということです。

3)なぜそこまでして続ける方がよいのか?

単純に、長く続ける方が読者が増えます。やはり多くの人に読んでもらえるのは嬉しいです。また、個人サイトを長くやっている人というのは、ネット上の発言についてある種の信頼感を持ってもらえることが多いと思います。また私は、ブログの読者はほかの誰よりも未来の自分だと思っているので、それほど頻繁にはやりませんがブログをあとで読み返すのは楽しいです。さらに、ネットでブログを読みあって、その後会うようになったという友人がいるので、彼らからの信頼という点でも、ブログをころころ閉鎖したりハンドルネームを変えたりしたいとは思いません。

4)いつ誰に読まれてもよい内容にする。感情の捨て場にしない

とはいうものの、リセットして、ハンドルネームも変えてキャラクターも変えて、新しいブログを作る人というのもたくさんいます。そういう人は、あるときに今までのログが恥ずかしくなるのかなと想像します。人間だからそういうことはあります。でも、本当に過去ログの全部が捨てるべき内容でしょうか? 過去に書いたブログで、恥ずかしい、特定の誰かに読まれたら困る、という内容を書いてしまったら、その記事だけ消してしまうのはどうでしょうか。全部捨てるよりは、残したくない記事だけ消す方がましです。

また、はてな匿名ダイアリーに顕著ですが、同じ人が継続的に書く一般的なブログでも、相手が読んだら分かるような悪口や愚痴などを、「どうせ見つかることはないだろう」とばかりに、感情のゴミ捨て場的に書く人がいます。こういう文章は、気が済んでしまったら、自分のブログの過去ログに残っているのがイヤな気分になるでしょうし、そういう文章がたまってきたらリセットもしたくなるというものです。そういうものは、書きたいならローカルのファイルにしておき、ネットに置くのはやめましょう。どうしても他人に読ませないと気が済まないのなら、mixiで公開を限定して書きましょう。ネットは広いと思っていても、オープンなネット上に書いたものは案外相手に見つかるものです。私は過去に、会社の同僚が私の悪口を書いているブログをたまたま見つけたことがあります。職場の具体的な仕事内容が書いてあったので、会社名も同僚や私の本名も書いてありませんでしたが、自分のことだと分かりました。

5)匿名でもよいが、苗字または名前をもじったハンドルネーム、あるいは人名として自然なハンドルネームにする。匿名でも、いつ本名が分かっても構わないというつもりで書く

私が98年に個人サイトを始めたとき、当時の私と同じような理系の大学院生で個人サイトをやっているような人は、ほぼ本名・所属を出していました。それもあって、私もあまり深く考えずサイト内に本名と所属を出し、外部の掲示板等に書き込むときも本名を名乗っていました。その後、yuco.netというドメインを取ったこともあり、yucoというハンドルネームを使うようになりました。

そのような経緯もあって、私のネット活動をずっと追っている人には名前はバレています。過去の職場の人でもこのブログを知っている人は多いでしょう。「なかのひと」を試したところ、過去の勤め先3社からこのブログへのアクセスはかなり多かったのです。さらに、義両親もこのブログの存在を知っています!

そうは言っても、これからブログを始める人に実名を出すことはお勧めしません。企業によっては、従業員のブログ利用を禁じているところもありますし、そうでなくてもあとから問題視されることがあります。たとえ勤め先がそのような会社でも、ブログに本名を使わず、内容で仕事に触れず、会社からアクセスしなければ、バレそうになってもしらを切って逃げられると思います。

ただし、書くときは、途中で誰かに実名をバラされても構わないという心がけで書くのがいいと思います。リアル知り合いにあとから知られたら恥ずかしいという意味では、凝りすぎたハンドルネームもお勧めしません。苗字または名前をもじったハンドルネームあたりが妥当なのではないでしょうか?

……といろいろ書いてきましたが、私の知っている範囲でも、レンタルブログでも、面白ハンドルネームでも、テーマが1つだけでも、ずっと続けている人は続けています。「私はこうしてきたよ」という一例以上のものにはなりませんが、参考になれば。

Twitterユーザー数が1000万人になるとき予想される問題

津田大介著『Twitter社会論』によると、日本のTwitterユーザーは2009年10月時点で100万人程度と推定されているそうです。

ところで本書の著者の津田さんのアカウントは@tsudaですが、「全国には津田姓の人はたくさんいるから、tsudaというアカウントを取れたのは、開始が早かったおかげ」ということを本書で言っています。@yucoというアカウントを持っている私も同じです。yucoというハンドル名を使っている人はネットにたくさんいますが、@yucoが取れたのは、日本人で最初にtwitterを始めた集団(2007年4月開始)にいたからでしょう。

yucoというハンドルネームは、ネットではそこそこメジャーです。もっと後にTwitterを始めた人はどうしているのでしょうか? twitter内”yuco”の検索結果をざっと見るだけでも、@yuco_1981、@yuco121、@yuco110、@yuco812、@yuco1220、@yuco0708などというアカウントがアクティブに使われているようです。

興味深いのは、こういった@yuco+数字 というアカウントの人とやりとりする相手は、「@yuco*** yucoちゃん、今度遊ぼうね!」のように、@のところでは数字のついた本来のアカウントを使っていますが(そうしないと相手が拾えないし)、会話の中で相手を呼ぶときには数字のないyucoと呼んでいることです。あくまでも「yuco110ちゃん」とかではないのです。文字数制限のあるtwitterでは、「@yuco110 ちゃん、今度遊ぼうね!」の方が節約できるにも関わらず、です。

一方、会員数1000万人を超えているmixiでは、会員同士の識別は、各プロフィールページのURLに含まれるid=****という数字で行われているので、同じハンドルネームの人がどれだけたくさんいても構いません。

というわけで、今後twitterユーザーが国内1000万人とかになると、長いアカウントや、数字を含んだアカウントおよび本来のハンドルネームの呼び直しが本文中で起こって、実際に使える文字数が短くなるのと、そもそもシンプルなアカウントが取れなかったからtwitterは使いたくない!と言ってクローン系サービスに逃げる人も出てきそうだなと予想してみます。好きなアカウントが取れるかどうかって、ネットサービスを使い続けるモチベーションにおいては結構重要な気がするのです。

Twitterは全世界で10億ユーザーを目指すそうですが、英語圏ではどうなるのでしょうね?

Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)

著者/訳者:津田 大介

出版社:洋泉社( 2009-11-06 )

新書 ( 191 ページ )


BRUTUS「本が人をつくる。 53人の読書地図」

これも夫が一時帰国の際にお願いした輸入本。BRUTUSの読書特集号に山形浩生さんが載っていると聞いて。

色々な有名人が見開き2ページで好きな本などを紹介していくという形式。

目当てだった山形浩生さんのページは「訳したい本」を8冊紹介するもの。なかでも、山形さんが書評を書いていた(それで私も4巻通読した)「アレキサンドリア四重奏」の著者ロレンス・ダレルによる「アヴィニョン五重奏」が読みたい。「アレキサンドリア四重奏」を訳した高松雄一さんが「アヴィニョン五重奏」も訳すとどこかで読んだ気もしたのですが、なくなったのでしょうか。原文は英語だけど、日本語訳を読む限り、私には原文で読むのは無理そう。それから山形さんがどこかで書評で紹介していた(探してみたが見つからなかった)、知能の遺伝に関する本「Bell Curve」も気になる。

そのほか、近代ナリコさんの、戦前から現代までを6つに分けてその時代の暮らしに関する本を紹介する「暮らし系ヒストリー」が、2ページの密度が高くてよい仕事をされているなぁと思いました。それから読みたくなったのは、山崎ナオコーラさんの金子光晴の旅行記紹介と、池澤春菜さんのハヤカワSF紹介。

BRUTUS (ブルータス) 2010年 1/15号 [雑誌]

出版社:マガジンハウス( 2009-12-15 )

雑誌 ( ページ )


『ルワンダ中央銀行総裁日記』服部正也(中公新書)

この本については、ビジスタニュースで山形浩生氏が絶賛お勧めしているのを読んで、一時帰国していた夫に輸入してもらいました。非常に面白かったのでお勧め! 経済の詳しいことはわかりませんが、分からなくても十分楽しめます。

昨年の初めにチェ・ゲバラの映画を観たのだけど(その1その2)、彼は、キューバ革命を成功させて、共産主義革命を”輸出”しようとボリビアやコンゴに行って、成功しませんでした。逆に、この本の著者の服部正也氏は日本の高度経済成長を日銀の中で経験して、その資本主義社会をルワンダに輸出して、ある程度うまくいったのだなあと思いました(もしルワンダに、その後の民族紛争やクーデターがなければもっと経済成長できたでしょうが、それは政治の話なので、経済の人である服部氏にはどうにもできない)。

資本主義社会というのは、ここで服部氏がやったように、商人や銀行などそれぞれの経済のプレーヤーが自由に競争できる環境を設計して、はじめてちゃんと運営されるようになるもので、ただ放っておいたらできるものではないことが分かります。ルワンダのように、資本主義社会に必要な会社組織や経済の仕組みを理解できる人材がいちじるしく少ない国ならなおさらです。服部氏は、ルワンダの一般の農民が日常生活のなかでいくら払って何を手に入れているか、もう少し収入が上がったら何を欲しがるだろうか、密輸をする商人は輸出入に関する手続きを簡素化したらどう動くだろうか、というところまでシミュレートして税率や制度を考えています。

服部氏が来る前からルワンダは、外国人の(特に旧宗主国であるベルギー人が多かった)アドバイザーと称する人間がたくさんいて、現代の国家の運営に必要な財政計画などは彼らが大臣にアドバイスしていたようですが、無能で自分の利益しか考えない人間ばかりだと服部氏は見ていました。彼らの作る予算計画はずさんで、さらにルワンダ人の税率は重く、外国人の税率は軽くなっていたといいます。また外国(アラブ・インド人が多かったよう)の商人はルワンダ人が持っていない外国とのつながりがある上に、輸入に関して特権を与えられていることにあぐらをかき、単一の商品を高い利潤をつけて売るだけの殿様商売で、より売れそうな商品を探して輸入してみることさえしていませんでした。彼らは、ルワンダ人は怠け者で、自分たちがいないととてもやっていけないと言っていましたが、輸入が自由化されて特権を失ってみると、商人としての能力も総じて低いものだったようです。

服部氏の考える、経済政策などの技術と目的の話も興味深かったです。服部氏は着任後、大統領と長い会談を持って、「あなたはルワンダをどのような国にしたいのですか」と聞きます。「たとえば、工場が立ち並ぶような国にしたいのですか」と。大統領の「こういう国にしたい」というビジョンに合わせて、経済をその方向に持っていくのが中央銀行の仕事だと服部氏は考えています。大統領は、ルワンダを農業中心に発展させたいと答えました。それまでの大統領のアドバイザーは経済的な制約ばかりを並べて「○○はできません」と言う人ばかりだったそうですが、まず国をどうするかというビジョンありき、経済政策などの技術はビジョンを達成するための手段にすぎないので、経済政策による副作用を受け入れなければいけない場合はあっても、「経済的な制約で○○できない」というのはおかしい、と服部氏は言います。

さらに、アフリカで何事も効率的に進まないことを「これがアフリカ流だ」と言って、アフリカ特殊論として片付けてしまうことに対しても否定的です(大西義久氏による増補2の文中にある服部氏による文章の引用)。途上国に行く人はえてしてこういうことを言いがちですが、服部氏は中央銀行の勤務態度が悪いルワンダ人職員に対して、自分の国の銀行員を育てるのと同じ基準でビシビシ叱るように、と各国から集まった中央銀行の上層部職員に言い渡しました。

また、本書の復刊に動いた人と服部氏の娘さん(現在フランス語翻訳家をされているそうです)の復刊裏話をmixiで見つけました。

まず娘さんのコメントはこちら→[mixi] Kigalisoupeさん | 「ルワンダ中央銀行総裁日記」復刊秘話[mixi] Kigalisoupeさん | 2009年中に書いておきたい日記① 「ルワ会オフ」と父の思い出 増補版での「増補2」を書いた大西義久氏は娘さんのだんなさんであることが書かれています。

復刊のために動かれたもけさんの日記では、複数回に分けて「『ルワンダ中央銀行総裁日記』企画協力秘話」が書かれています→[mixi] もけさんの日記一覧

読了したあとwikipediaで最近の周辺事情をお勉強。

wikipediaで見て、改めてルワンダの小ささに驚きました。それでも人口は約1000万人で世界ランキング89位なので、確か世界の国は180カ国くらいだったと思うので、真ん中程度です。また本書でたびたび言及される隣国ブルンジも同じくらい小さい。

また、映画『ホテル・ルワンダ』(公開要求運動がありましたね。私も観にいきました)関連ブログ、『ホテル・ルワンダ』のロビー内カテゴリ「ルワンダの歴史」でもルワンダの歴史が詳しく紹介されています。

ルワンダ中央銀行総裁日記 (中公新書)

著者/訳者:服部 正也

出版社:中央公論新社( 2009-11 )

新書 ( 339 ページ )


服部正也氏のほかの著書としては、『援助する国される国―アフリカが成長するために』がありますが、絶版で手に入らない様子です。残念。

援助する国される国―アフリカが成長するために

著者/訳者:服部 正也

出版社:中央公論新社( 2001-02 )

単行本 ( 257 ページ )


West Side Story@Palace Theater

先日ニューヨークで、現在再演しているWest Side Storyを観てきました。

当日(土曜日)の朝になって昼公演を見ようと思い立ったので、タイムズスクエアのtkts(ミュージカルの当日券が余っていれば割引で買える場所)に向かったのだけど、tktsは長蛇の列で、しかも電光掲示板を見る限りはWest Side Storyの文字はなかった。でもtktsのすぐ横がWest Side Storyを上演しているPalace Theaterだったので、そこの窓口で買えました。もちろん定価。人気の公演だから、当日券が余っても上演までには売れると読んでtktsに流さないのかもしれません。実際、席はほぼ全部埋まっていました。

話は変わりますが、アメリカに来て驚いたことの一つに、スペイン語がすでに準公用語であったことがあります。公共交通機関での乗車マナーのポスターとか、商品のラベルなどにも、英語とスペイン語の両方で表記されていることは珍しくありません。喫茶店などに入っても従業員同志はスペイン語で話していることもよくあります。ちなみに、私は大学生のとき第2外国語でスペイン語を取ったので、挨拶やごく簡単な単語は覚えていますが、あとはもう大半忘れてしまいました…。なので、「この人たちが話しているのはスペイン語だな」というのは分かりますが、具体的に何を話しているのかは分からないレベルです。

West Side Storyではロミオとジュリエットを下敷きにしたミュージカルですが、ジュリエットに当たるマリアはプエルトリコからの移民という設定なので、スペイン語がしばしば使われています。むかし映画版を観たときは、こんなにスペイン語が入っていたという記憶がなかったので、ヒスパニック系の移民が増えているという現実をもとにした新しい演出なのかなと思っていたら、ウエスト・サイド物語 – Wikipediaにもそう書いてありました。具体的には、トニー(ロミオに相当)がマリアの家族と話すときに、スペイン語で挨拶して親しもうとしていたり、逆にジェッツ(アメリカ人のギャング団)がシャークス(プエルトリコ人のギャング団)を小バカにするような調子で使われていたこともありました。

あと印象に残ったのは衣装の色。ジェッツはオレンジ中心、シャークスは褐色の肌に映えるであろう(といっても、舞台上の役者の肌の色の違いは分からなかった)紫を中心に、主人公のトニーとマリアは青系でまとめてありました。またジェッツは男性中心のダンス(女性もいるが、短いタイトスカートなので後述のシャークスに比べるとあまり映えない)、シャークスはフラメンコ風のボリュームのあるスカートを生かした女性のダンスが印象的でした。

映画版のDVDは以下2種類が安価(2000円以下)で出ているようです。

ウエスト・サイド物語 [DVD]

販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン( 2008-11-19 )

時間:152 分

1 枚組 ( DVD )



ウエスト・サイド物語 (コレクターズ・エディション) [DVD]

販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン( 2008-04-18 )

時間:152 分

2 枚組 ( DVD )


そして、このミュージカルはやはり音楽がすばらしいです。有名な五重唱の”Tonight”は観劇後何日も経っても頭の中をリピートしています。特にマリアの声が高く澄んで微妙な暗さがあり、気に入りました。以下は映画版の”Tonight”。

映画版のサウンドトラックは以下。こちらも2000円以下で対訳つきとのことなので、日本に帰ったら買おうかなあ。

ウエスト・サイド物語 / サントラ

Sony Music Direct( 2004-07-22 )


以下は、開演前に撮った劇場の写真。

palace theater 01

palace theater 02

palace theater 03

服飾雑貨セレクトショップAnthropologieが超かわいい件について

先日ワシントンDCに旅行に行ったとき、ジョージタウンでたまたま店舗を見つけて入ってみたAnthropologieというお店が非常に気に入りました。あとからネットで調べて、親会社はUrban Outfittersで、全米に90店舗以上、そのほかカナダとイギリスに店舗があることを知りました。

日本で似たテイストのお店を挙げるとしたら、恵文社一乗寺店かな。あえて一言で言うなら大人め森ガールな感じです。服から雑貨、食器、ドアノブのようなインテリア用品までいろいろあります。基本的にはメーカーではなくてセレクトショップの様子です。mixiコミュニティの情報によると、”ANNA SUI for Anthropologie”というブランドでANNA SUIが別ラインの服を作っているようです。

ちなみに店名ですが、”anthropology”ならば人類学という意味なのだそうです。なぜ語尾がieになっているのかよくわかりません。

雰囲気については公式サイトを見てもらうのが早いかと思いますが、いくつか言及しているブログも挙げておきます。さらに公式twitterもあるし@Anthropologie 、ハッシュタグ#anthropologieまであります。

お店にいたときは「超素敵!」と興奮しすぎて、逆に何も買えずに帰ってきました。こういうお店ってディスプレイも含めての雰囲気がすばらしいので、一点だけ買って家に帰ってきても、その商品はお店にあるものとは何か違ってきそうで。がんばれば編めそうな雑貨、服などもあり、編み物したい欲もかきたてられました。

日本から買い物するなら、楽天で服を扱っているショップがあるようです。

オバマ大統領の政策とHuman Rights Watch

ジャーナリストの常岡浩介氏とHuman Rights Watch日本代表の土井香苗氏のtwitter上の会話が興味深かったのでまとめてみました。

なお文中のICRCとは赤十字国際委員会、デマケとはdemarcationの意で役割分担、境界線等の意味だそうです。

発言の表示には、Twitterログまとめを利用させていただきました。ありがとうございます。

kanaedoi オバマ大統領のノーベル賞演説には、人権、国際人道法(戦争法、戦時国際法)への言及多数 link
shamilsh HRWはあのオバマの血まみれ平和賞の演説を翼賛するのか!アフガニスタンの米軍のどこに人道がある?RT @kanaedoi: オバマ大統領のノーベル賞演説には、人権、国際人道法(戦争法、戦時国際法)への言及多数 link
shamilsh ロイターは冷静。「米大統領がノーベル平和賞受賞、武力行使の正当性を主張」これを無条件で礼賛したHRWは人権組織として致命的じゃないか?あれは土井香苗さんの個人的見解?@kanaedoi http://bit.ly/6bKg0R link
shamilsh ぼくらナガサキ人にとって、核兵器が恐怖によって支配する世界はイマジンでもバーチャルでもなく現実だ。アフガン人にとってそうであるように。だが、本当は全人類にとってそうだ。<「正当な戦争」失望と憤り=オバマ氏受賞演説、被爆地に波紋> http://bit.ly/4thYUJ link
shamilsh 米国の政策を批判ができないのは組織の性格上の限界でしょうか。旧ソ連の人権監視はHRWの存在意義かつ独壇場のはずですから、がんばってください!RT @kanaedoi: 午前中、連載中のウェブマガジンでロシアの人権状況について原稿まとめ link
kanaedoi @shamilsh ありがとうございます。HRWがいちばん多くの人権調査と批判をしているのは米国です。報告書の数も他国と比較になりません。お時間あるときこちらご覧いただければ幸いです http://www.hrw.org/en/united-states/us-program  link
kanaedoi @shamilsh また、アフガンやイラクでの米英軍による民間人の殺害や拷問、グアンタナモなどの被収容者の虐待問題の告発などでも、フロントランナーです。多数の報告書、プレスリリース、論考など読みきれないほど発表してますので、いちどウェブwww.hrw.org お訪ねください link
shamilsh いつも拝見してますよー!「米国の政策」という括りは乱暴で不適切でした。基本的な戦争政策を批判しない、というべきでした。@kanaedoi: @shamilsh ありがとうございます。HRWがいちばん多くの人権調査と批判をしているのは米国です。 link
shamilsh @kanaedoi たとえば、典型的なのはこれですね。公正に効果的に対テロ戦争すべき、といってます。HRWの基本スタンスがこれですと、戦争そのものが根本的な原因となる人権侵害には無力ですね。http://bit.ly/6aQz4P link
kanaedoi @shamilsh: HRWは戦争では、民間人犠牲を避けるため国際人道法違反を監視し、違反者の訴追など目指します。国際人権法と国際人道法を監視するのがミッションの人権団体なので、具体的な戦争が適法か違法か、どちらが正しいかの立場は表明しません。国際赤十字とかアムネスティと同じです link
kanaedoi @shamilsh なので、米国の戦争の政策について、国際人道法違反や拷問など、実に多くの批判をしています。 link
shamilsh @kanaedoi そうですね。ICRCとはその点同じだが、ICRCが現地政権よりのスタンスに立つのに対し、HRWはやはり米国視点だと思います。どちらにも意義があり、得手不得手があると思います。HRWにはグアンタナモだけでなく、バグラム捕虜収容所などの実態についても告発して欲しい link
shamilsh @kanaedoi それにしても、今回のオバマの新政策は8年も続いた無意味な戦争を終結に導く最大のチャンスだったにも関わらず、HRWがそれを後押しする力になれなかったことは、組織の性格上の限界とはいえ、返す返す残念です。 link
kanaedoi @shamilsh HRWはすべての政府に同じ基準(国際法)を当てはめてます。米国政府がやっていることをほかの政府がやったら同じように対応します。アフガン戦争のやり方については、オバマ政権になってHRWは民間人被害の減少のための作戦変更とか、不十分ながら変わりました link
kanaedoi @shamilsh もちろん不十分なので、バグラムを含めこういう書簡とか出しましたがhttp://bit.ly/7sLmQ4 link
kanaedoi もし、@shamilsh さんがHRWがアフガン戦争反対と公式に言わないことについて御不満だとすると、人権団体という性格上、米国の戦争のみならずあらゆる戦争について立場を公言していないんです link
shamilsh @kanaedoi 直接、「戦争反対」といわないとしても、「人権保護」の主張の中でその根本的な原因が長引いた戦争であることを指摘することはできるはずです。オバマに「ルールを守って効果的に戦争しましょう」と提言するのは人権組織として終わってます。存在理由がない。ICRCもやりません link
kanaedoi @shamilsh 戦争をしましょうとは言わないです。テロは民間人を巻き込むので、テロを非難はしますが。ICRCもHRWも戦争の際には国際人道法をまもれ、という一点です。ICRCとHRWの違いは違反行為を発見したとき、これについて守秘義務をおうか、公に言うか、です link
shamilsh @kanaedoi それは詭弁です。「効果的に対テロを戦う」提言は中立ではなく、明確に戦争そのものを支持しています。アフガン人の大半に取ってはテロの定義すら米国とは正反対なのですが、HRWの定義は純粋に米国の立場です。 link
shamilsh そう。その点で、HRWに期待したいのです。RT @kanaedoi: ICRCとHRWの違いは違反行為を発見したとき、これについて守秘義務をおうか、公に言うか、です link
kanaedoi @shamilsh 米国にせよ、ビルマにせよ、ダルフールにせよ、ロシアにせよ、ある戦争が正しいか否か(自衛かどうか)という軍事的分析と判断は、HRWやアムネスティなどの人権団体や人道団体はミッション外でもあり、やらないんです link
shamilsh ですから、やらないはずのことをあなた方は事実上、やってるんですよ。しかし、その点も私は「限界だから仕方がない」と考えているのです。RT @kanaedoi: @shamilsh 米国にせよ、ビルマにせよ、ダルフールにせよ、ロシアにせよ、ある戦争が正しいか否か(自衛かどうか)という link
kanaedoi @shamilsh HRWが対テロ戦争を支持したことは一度もないです。ご指摘のレポートは、当選したオバマに、テロ(民間人を巻き込む重大な人権侵害)を撲滅するためには、ガンタナモを閉め、テロ容疑者への予防拘禁をやめ、そもそも「対テロ戦争」という言葉をやめ、拷問やめよ、というもの link
kanaedoi @shamilsh CAIの秘密収容所閉鎖などを求めるこのレポートの内容をもって、対テロ戦争を支持していると解釈されると、正直ちょっと、、、テロは人権侵害ですが、米国が率先して人権侵害しているようでは、テロを撲滅なんてできない、という内容です link
kanaedoi @shamilsh で、オバマ大統領は、HRWの提言のうち相当部分を取り入れました。とても十分とはいえませんが link
shamilsh @kanaedoi 拷問など分かりやすい無法行為を減らして、戦争そのものを拡大するという内容でしたね。それはHRWとしては提言が採用されたので成功、と評価しているのですか?米国視点の組織だからこそ、戦争の拡大が破滅的な人権侵害に直結するという警告を米国と米国民に届けられると期待し link
kanaedoi @shamilsh HRWなどの人権団体の限界は、戦争当事者の一方にとって、ある戦争が適法な自衛戦争なのかという軍事判断をしない点です。違法な戦争であれば、戦争そのものに反対するというロジックが立ちますが、人権団体としては、ジェノサイドや戦争犯罪などに反対してく方法をとります link
kanaedoi @shamilsh さん、 質問と批判、ありがとうございました。今度は、お会いしてお話いたしましょう!大事なご指摘ですので応えさせていたのですが、twitter より会って話したほうが数倍意思疎通早いですね、、、tiwtter オフライン失礼します link
shamilsh @kanaedoi 不勉強で不躾な批判に誠意を持ってお答えくださってありがとうございます。さすが土井さんです。ぜひ、お会いしてもっといろいろお聞きしたいです。 link

Kindleを買おうかどうか迷っている

アメリカに来てすぐの頃は、書店に行っては「一面洋書ばっかり!」と喜び(あたりまえ)、洋書を思う存分立ち読みしてから買えるということに楽しさを感じていたのだけど、結局、英語の本は、リアル書店よりも、Amazon.comの内容説明を読んで、Google Booksで中身を一部読んで、Amazon.comで買うというのが一番便利だと思うようになりました。

アメリカは再販制度がないから、書店でも割引があることもあるけど、書店だと定価の本がamazonだと割引ということがかなりあったし(さらに、BordersやBarnes & Nobleなどの大手チェーン書店のオンラインショップよりも、Amazonの方が安いことが多い)、店頭での立ち読みは英語だと日本語ほどすばやくできないので。

それで、英語の本をたくさん読みたいなということで、どうせネットで買うのなら、Kindleを買って電子ブックを買うことにするかどうか迷っています。アメリカにいるうちに買えば送料ゼロだし、いま円高だし、日本に帰るときにそれまで買った本を送りかえすことを考えると、ダンボール2箱くらいの送料でKindleが買えると思うので。しかし、欲しい本をAmazonで見ていると、意外とKindle版がなかったりするのも悩みどころではあります。

また、アメリカにいるとKindleで買える本も日本だと買えなかったりするらしいですが、これはアメリカの住所を設定しておけばアメリカにいるという名目で買えるそうです(クレジットカードの住所の変更も必要かもしれない。伝聞のため未確認)。

ちなみにkindleのテレビCMはしばしば見かけるけど、ガーリッシュでけっこうかわいいのですよ。

買うとしたらいつ買うのか、というのも悩みどころですね。アメリカではこれからクリスマスにかけてが一年で一番の買い物シーズンだそうなので、クリスマスが明けたら値下がりとかしないかなぁ? でもどうせ買うなら早く買って少しでも長く使えるほうが…などと考えています。

Kindle Wireless Reading Device (6″ Display, Global Wireless, Latest Generation)

An Education(邦題:『17歳の肖像』)@Bow Tie Criterion Cinemas (2009.11.28)

この映画のことは、山崎まどかさんのブログRomantic au go! go!: An Educationで知って興味があり、観たいなと思っていました。そうしたら、『THIS IS IT』を観たBow Tie Criterion Cinemasでちょうどかかっていたので、観ることにしました。

といっても、字幕が出ないのだから英語聴き取り問題はどうするか。この映画の脚本は、『ハイ・フィデリティ』などの有名小説家ニック・ホーンビィであったおかげか、脚本が出版されていたので、これを読了してから出かけました。

脚本は、小説や評論などよりも英語が平易で読みやすく、私は一度も辞書を引きませんでした。わからない単語が全くなかったわけではないのですが、全体としてのストーリーを追うなら辞書なしで十分でした。ほかの映画も脚本を販売してくれれば、事前に買って読んでから観にいけるので買うんだけどなぁと思います。どのみちどの映画にも脚本があるのですから、kindleなどの電子図書バージョンで、製本・流通コストなしで売れるならいいと思うのだけれど。ネタバレ状態で観ることにはなりますが、ト書きで文章で書かれている部分がどう映像化されるかを見るのも面白いです。

以下がニック・ホーンビィによる脚本です。映画化のいきさつも書いてありました。リン・バーバーという英国の女性ジャーナリストによる回想録を読んで、これを映画にしたら面白いんじゃないかと考え、インディペンデント系映画のプロデューサーをしている奥さんに紹介し、脚本は自分が書くと申し出たとのこと。主役のキャリー・マリガンは、童顔なのを女優としてはマイナスに考えていたんだけど、この女子高生役がまさにはまり役で、サンダンス映画祭で大好評で「新しいオードリー」と呼ばれたそう。

この本に、ニック・ホーンビィのサンダンス映画祭日記も掲載されているけれど、映画祭で観た映画では、『(500)日のサマー』を高く評価しています。これ、観たかったけれど、アメリカではもう上映終了で、日本ではこれから上映するんだよなぁ。残念。

An Education

著者/訳者:Nick Hornby

出版社:Riverhead Trade( 2009-10-06 )

ペーパーバック ( 208 ページ )


リン・バーバーは、映画中でもジェニーが進学したオックスフォード卒なのだけど、ペントハウスで記者をしていて、当時教育を受けたお嬢さんとしては、かなり品の悪い勤め先であったとのこと。現在はコラムニストとして活躍中のようです。原作となった回想録も同じ『An Education』というタイトルで出ています。こちらも読もうかどうか考え中。

An Education

著者/訳者:Lynn Barber

出版社:Penguin( 2009-10-15 )

ペーパーバック ( 200 ページ )


映画としては、オックスフォード進学を志望している優秀な女子高生のジェニーが、30代の大人の男性のデイビッドと恋人になり、ナイトクラブやコンサートに連れまわされて、今までもうすうす感じていた、大学をめざしての教育に意義を感じられなくなり…という話。背景として、ビートルズ以前の、特筆すべき文化がないイギリスの閉塞感があり、主人公のジェニーはフランスかぶれで、会話にフランス語を混ぜてしゃべり、注目に値する文化は過去(ジェニーはラファエル前派が好き)か、外国にしかないと思っている。

映像にもせりふにも出ていない部分では、この映画の舞台となる「ビートルズ以前のイギリス」(1960年頃)の社会環境についての知識とか、デイビッドはユダヤ人なのですが、そのことに関する非ユダヤ人の視線(ジェニーが通っている学校の校長先生にも偏見があった)とかが分かっていると面白かったのかなあと思います。ジェニーと校長先生がユダヤ人について言い合いをするシーンがあり、「ユダヤ人はわれらの主を殺した民族ですよ」「われらの主自身もユダヤ人だったじゃないの!」みたいな内容なのですが、ここで笑いが起こっていました。そのほかいくつか笑いが起こっていたシーンがあったのですが、脚本を読んでも笑いどころは感じられず、単に英語の意味が分かっても面白さを感知するところまで行くのは大変だなぁとも思いました。

とはいえ、客自体が自分たち含めて10人いたかどうかという状態で、『THIS IS IT』のときもそうだったけど、Bow Tie Criterion Cinemasは、いつもガラガラです。

また、山崎まどかさんのRomantic au go! go!: An Educationでは以下のようにありますが、

 映画の脚本を担当しているのはニック・ホーンビィなので、「無垢な少女を自分のものにして救われたい/でも自分によって壊された少女は無垢でないのでもういらない」という男性側の心理も相当表に出ているに違いない。

観た結果としては、主役のジェニーの視点がメインで、男性(デイビッド)側の視点はそれほど出ておらず、結局ジェニーと別れることになったいきさつも、デイビッドが拒絶したというよりは、彼にどうしようもない弱さがあったからという感じがしました。

ちょっと思い出したのは、自分が高校生のとき、同級生のモテる女の子が「中学生のときに大学生とつきあっていた」と話していたことで、そのときは彼女に共感して聞いているから、中学生なのに大学生と付き合えるなんて大人! 彼氏が車を持っていて送り迎えしてくれるとかうらやましい! と完全に女の子の方の目線で話を聞いていました。でも、大学生になってからその話を思い出してみると、自分に近い大学生の彼氏の側から見てしまい、もし同級生の男の子が中学生と付き合っていたら…と考えると「ロリコン乙」で終了なわけです。

そういう意味では、ジェニーの側に立って、高校生くらいのときに「何でも教えてくれる大人の男性と付き合って、同級生より先に大人になりたい」という心理も分からなくはないけれど、もう今の自分の年齢はデイビッド側なわけで、賢いが大人の世界を知らない若い女の子に「大人の文化を教えてあげる」というポジションで交際する男性のあやうさと、ネタバレになるので控えますが、最終的に別れに至るエピソードでのどうしようもない弱さを感じます。

この映画は日本公開するんでしょうか。するとしたらタイトルはどうなるのかなぁ。直訳して「教育」だとちょっとお堅いし、「エデュケーション」とかかなぁ?

An Education / Original Soundtrack

Decca( 2009-10-06 )


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